歴史から抹消してしまった国防と国益 88
「リベラリズムの虚構」と「多民族社会のレイヤー」(移民・難民を考える)上
世界の大都市で過疎化する日系社会
最近感じることは、バンクーバーの日系社会の衰退が進んでいて、邦人が生きづらい状況になっています。これは、どこの大都市でも起きている現象と見ているのですが、日系企業がどんどんつぶれて日本人の職場がなくなっています。職が無くなると精神は病み閉塞感だけが残り、悪循環になっています。2000年前後から日系企業の相次ぐ倒産や店じまいにより、職業の選択がなく、ここまで不自由な時代になるとは、だれもが想像していなかったと思います。日本人経営の店が減り、かつて何百店あった店は数えるほどしかなくなりました。海外では、日本食ブームと言っていますが、ほとんどが他民族の資本ですし屋やラーメン屋があり、その下で働いているのが日本人です。一番利益を得ているのは、外国人オーナーであり日本人は労働者として働いていますが、いつクビになるかわからない状況で働いています。(海外のおける日本人の実態は、まとめてコラムに書きます。)
民族の経済基盤を失うと、民族が衰退していく現実を目のあたりにしています。日本では、ダイナシティとかマルチカルチャーを謳っていますが、実態社会は全く違うものです。マルチカルチャーになればなるほど日本人は、不自由になり日系社会は衰退していく現実しかありません。
バブル経済以降の日本人は、海外に進出することに臆病になり、内向的な性格が経済にも影響をして閉塞社会を作っています。大手企業も事業を縮小し、駐在員を減らし日本社会は過疎化に向かっています。長年、その原因はどこにあるかを調べていました。最近、その要因がどこにあるか少しずつ見えてきました。
日系人の移民の質が大きく変わったのは、団塊世代からです。それ以前の移民と団塊世代には、大きな溝がありここが分岐点だと見ています。団塊の世代が作った日系村は、ある意味特殊な村でした。ここから、日系社会の質が変わっていきました。団塊の世代は、バブル経済とともに企業と人が付随して海外に出ていきました。商社や水産業や観光業(各業種と企業単位の集団)は、日本の資本で自分たちの村を作って、日系村を作りました。その結果、その世代だけが謳歌するコミュニティーを作り日系社会を分断化しました。そして、団塊の世代は日本のバブル経済と共に繁栄をし、バブル崩壊とともに村が衰退しました。先人ともつながらず、現地で経済基盤を作ることはせず、特殊な村(団塊世代村)を作ってその中で繁栄をしました。団塊世代以降の移民は、彼らを支えるため労働のストック人材として使われて、給料は上がらない劣悪な労働環境の中で、耐え忍んで生活をしていました。結果として、将来が見えずほとんどの人が日本に帰国する選択をしました。いまの50~60代が、海外で残らなかったのは、ここに理由があります。(この問題は、50~60代だけの話だけでなく、次世代にも続き30~40代も定住はすることなく、ほとんどの日本人が撤退をしました。30年前に、日系人の経済基盤を壊してしまったことによって、日本人が定住する基盤が壊れてしまいました。他民族の定住率と比較しても、圧倒的に日本人の定住率は少ないです。他民族は、移民で来ても生活基盤を作って最後まで生活をします。この違いが、日系人が弱体化している原因になっています。)
海外の現実が、日本にも上陸し暗黒の時代がはじまる
この日系社会の衰退は、いまの日本国内の社会の縮図のような気がしています。「世代の分断化」と「経済基盤を作れない社会」は、閉塞感を生み希望が持てない社会になっているのは、日本社会と全く同じで30年前からバンクーバーでは起きていました。他民族は、民族村を作り自分たちの生活圏を広げていっているにも関わらず、日系社会だけが衰退していきました。この現象は、バンクーバー以外でも北米の大都市に共通しています。
団塊の世代以降の日本人の民族の質(民族観)の変化は、これから多民族の多様社会の中で生きていけるのか?
「人材も育てず」「経済基盤の脆弱性」が、民族の弱体化となっています。「今だけ・金だけ・自分だけ」の人間関係は、世代間の分断化がより深刻になり、日系社会は若い人材が育たない状況になっています。
さらに、敗戦後の教育は高学歴と優良企業という流れの中で、「組織に帰属することをよし」とする単一労働の価値を植え付けました。「会社に帰属する」ことを良しとして、ハングリー精神を持っている人が、ほとんど出てこなくなりました。
日本の食文化のビジネスは、外国人が利権を取り日本人は労働者として働くという、歪な構造になっています。日本人が起業して、店を持たなくなりました。多民族国家においては、自分たちの文化は自分たちでビジネスをするのが当然のことです。(中華レストランは中国人がします。韓国人や日本人が、中華レストランは経営している店を見たことありません。韓国レストランでも、中国人やベトナム人が経営をしているところを見たことがありません。民族料理は、その国の民族がする既得権で大事な経済基盤でした。それを日本人は、手放してしまいました。)
確かに、日本食はグローバルスタンダードになりましたが、日本人が疲弊していくおかしな現象になっていることは、海外に行かないと見ることは出来ません。
この問題は、団塊の世代だけの問題だけでなく、敗戦後の教育にも繋がっていると見ています。個人の人間力を高める教育をせずに、組織に帰属する教育ばかりしてきた結果、個人の力や自国の文化の価値が解らず、民族競争に勝てなくなってしまいました。多民族との共存は、奪い合いと防御の相関関係で成り立っています。「外国人に文化が取られ、その下で働く日本人」という滑稽な姿は、敗戦後教育の自立の精神を育ててこなかったからです。
この現象は、外国人の移民・難民問題にもつながり、サラリーマン社会でも始まっていくと見ています。海外での日本人の姿は、数年後国内で同じ問題になります。現代人の脆弱な精神と多様化は、これから始まる社会の変動に対応できるとは思っていません。
どこかで、Independentの精神(自立・独立の精神)に切り替えないと、次の時代に生きていくことは出来ないと見ています。