投稿者「TAKE」のアーカイブ

歴史から抹消してしまった国防と国益 21
-エネルギーと経済安全保障-

 このグラフを見ると、北米でいったい何が起きているのか? ガソリン価格の高騰がどのような時系列でなっているのかが解ります。まずは、武漢熱の感染症が世界的に広まる前後に、極端にガソリン価格が落ちて、武漢熱の蔓延と共に北米のガソリン価格がじわじわと上がっています。2022年は、ロシアの侵攻がはじまり6月まで急激な高騰をして、7月以降は少しですが下がっているのが解ります。(このグラフは、6年間のガソリン価格推移 赤:バンクーバー 緑:カナダ全体平均価格 青;アメリカ平均価格)
 この3つのデータを選んだ経緯は、カナダとアメリカのガソリン価格の違いを見てもらいたいことが第一であり、カナダの方が常に0.50ドル/ℓ(50円/ℓ)の差が常にあること。もう1つは、カナダの中でもVancouverは常に0.20ドル/ℓ(20円/ℓ)高いということ。なぜ、このような差があるのか? この話しは順序立てて話していこうと思います。
 まずは、グラフの総論から話しを進めていきます。コロナからはじまった北米経済の打撃は、グラフの推移からもよく解るようにガソリン価格と連動して起きています。北米史上はじまって以来のガソリン価格の高騰は、北米社会の秩序と治安を壊してしまいました。たった1年半の短期間で2倍に高騰し、産業に大きな打撃を与え生活インフラを壊してしまいました。いまの現状は、前振りでありさらに悪化していくと見ています。メディアを含め全容が明確になっていませんが、ジワジワと北米社会が瓦解して崩壊に向かっています。今回のガソリン価格の短期高騰は、北米社会の壮大な国体実験(人体実験にもじった造語:国そのものを特定の人や組織が、悪い意味での人類実権をしている。)をしているようにすら見えます。
 「何が壊れて何が残るのか?」 
 突如として現れた感染症・RNAワクチン、鎖国、経済不安すべてしくまれた中で物事が動き、その一部としてガソリン価格の高騰を見ると、アメリカ社会と北米経済が見えてくると考えています。

 北米のガソリン価格の高騰の原因の1つは、バイデン大統領が掲げた「グリーン・ニューディール」であります。化石燃料の生産を減らし、カーボンニュートラルを掲げた政策によって自前資源のシェールガスの掘削の削減をしました。だれが考えても、ガソリンの供給量が減ればガソリン価格が上がるのは当然であり、上のグラフでもわかるようにバイデン政権の就任から年々上がっているのが解ります。
 アメリカ政治は、政権や政策が代わるだけで、あっという間に景気や社会を変えてしまいます。2年前何が起こったのか? 大統領選挙中に「平等」「環境」を謳う市民団体が突如として現れて、「エコ社会」「Black lives matter」という言葉を作りリベラル主義を推奨し政治を止めていびつな選挙にしてしまいました。その結果、歪んだ北米社会を作ってしまい正常に戻すことが出来ずに、2年が過ぎてしまいました。(その一例ですが、グレタ氏のような得体のしれない環境活動家が出て来てきて、既存の経済安全の構造を壊し国家を揺るがすエネルギー危機にしてしまいました。あの環境活動家によって、どの国も庶民生活を圧迫しエネルギー不足の国家を作ってしまった。)
 日本でも小泉環境元大臣がエコ社会を豪語して、自然エネルギーに依存する経済政策を進め政治を間違った方に誘導しました。それによって、電力不足と電力高騰を政治主導でひきおこしました。この現象は、世界各地で起きているエネルギーの高騰と不安定なエネルギー事情(国民生活に必要なエネルギー供給が足りない。)になり、虚弱体質の国家を作って貧困層の拡大にも繋がってしまいました。
 北米社会ではガソリン価格の高騰が起こり。日本社会では電力料金の値上げが続き。ドイツでは原発廃止とロシアからの天然ガスの安定供給が断たれたことで、エネルギー不足になり経済力が落ち庶民生活を不安定にする状況にまでなっています。
 日本のメディアは、電力料金の高騰に目を向けないように「報道しない自由」を使い真実を伝えていません。一般家庭や製造業にとっても大きな打撃で、国内産業を弱めていることに繋がっています。日本の政治は、自然エネルギーを柱にした国策で産業改革をしていますが、果たしてこれからの国益に繋がっていくのか、非常に疑問に思いながら見ています。岸田政権は、所得倍増や経済の強靭化を謳っていますが、足元のエネルギー政策が低コストで出来ない中で国富を増やすことが現実的な政策なのか? 誰の目から見ても、その政策が現実と一致しないことはわかっています。それにもかかわらず舵をきれないでいる岸田政権は、いったい何のために政治力を手にしたのでしょうか。いまの日本の闇は、事実を見て見ぬ振りをしている知識階級(アカデミー・メディア業界)が政治と一体となって国の没落に加担していることです。
 「これから、はじまる同時多発の世界不況に日本はどのように対応をしていくのか?」
 いまだに理解に苦しむのは、60~70年代の産業構造と社会システムの中で生きている人たちが多く、若い世代を含めて日本社会をデザインする人がいないということです。日本の政治・アカデミーは、「強者=企業・弱者=労働者」という単純化された社会メカニズムで、5~10年先を見据えた「政ごと」が出来ていない現状と、問題を先送りにして責任を取らない既得権益が日本を弱体化させています。アメリカも同じことが起きていて、みんなが平等で自然エネルギーを使えば環境によく明るい未来が来ると信じている人(桃源郷の世界を描いている人)たちが、国力を弱体化させ自分たちの人生を陳腐化させて人類を破滅に導いています。
 リベラリストたちがもたらす「歪んだ平等主義」と「環境利権」が政治と社会に結びつき、社会をこわしていることが、だんだんと明確になってきています。戦後に生まれた精神は、人知に値しない断絶社会を作ってユートピアはなく闇を作ることにしかなっていませんでした。お互いを罵り閉鎖社会を作り、時代を超越した英知ではなくディストピアに向かっています。

 

―移住者と先住者とガソリン価格―

北米社会の深刻な問題は、感染症によって社会が壊れたことよりも、実はガソリン価格によって社会が2重構造になり、すでに分断化がはじまっているということです。その社会の2重構造とは、西海岸とその他の地域(カナダ・アメリカ)でガソリン価格の格差によって2極化して、西海岸だけがお金を持っている人しか住めない街になってしまいました。

 このグラフを見てもわかるように、西海岸だけが異常に高く他の地域の1.5倍前後になっています。要するに、高収入の人しか生活が出来ない社会にしてしまいました。(右の図は、緑:シアトル 赤:カルフォルニア 青:アメリカ全土 ガソリン価格)
 上の図を見てもわかるように、北米の平均のガソリン価格より西海岸だけが高くなっています。(右下の図は、緑:ノース・カロライナ(シャーロット)東海岸 赤:カルフォルニア 西海岸 青:バンクーバー 西海岸)
 アメリカの東海岸と西海岸で、0.2~0.4ドル/ℓ違い、さらに、アメリカとカナダの平均は0.4~0.5ドル/ℓ違い、Vancouverは突出して北米の中でも高いガソリン価格になっています。ノース・カロライナ:シャロットという町の価格とVancouverを比較しても、3倍近く違います。
 私が1995年にVancouverに来た時は、ガソリン価格は0.4~0.6ドル/1ℓでした。アメリカは、さらに安く0.2~0.3/1ℓでコーラより安かったと記憶しています。それが変化したのは、ホンコンの中国返還とともに徐々にガソリン価格が上り大量の中華系の人(当時は香港人)の移民が増えていったことで、価格格差が徐々に出るようになりました。
 香港返還の数年前から、民族の大移動がはじまることによって西海岸だけが北米の中で特殊な経済圏と景気循環をするようになりました。港町ということもあり、アジア・オセアニアの貿易で栄え外国人が移住しやすい場所であり、多文化が浸透しやすい場所でありました。外国人が海外生活をするにあたり一番の問題は、現金と職であります。西海岸は、アジア・中東からの北米の玄関であり、貿易をすることで外国から現金を送ることと職を手にすることが出来る一石二鳥の場所でもあります。アジア・中東の移住者は自国からお金を持ち出し、北米で起業して生活圏を作るという大儀があります。彼らにしてみれば、ガソリン価格や不動産の高騰より自国(インド・中東・中国など)より安住の生活と北米に定住する権利を手にすることが最大の課題でもあります。まずは、先陣に代表者や一家族を北米に送り込み移民させ、その後に大家族を呼ぶという血縁関係を中心にした親族移住計画が西海岸で行われていました。それは、いま現在も進行形で多くの移住者が西海岸に増えています。民族の大移動と移住先での居住確保は、すごくアナログの手法で時間とお金と人力で人海戦術のように展開していきます。まずは、家族や同族という単位で人口を増やし、そこに職を作り民族を護るソサエティ(同じ文化圏をもった寄り合い・互助会)を作り小さな経済圏を作っていきます。そして、世帯数が増えて集落になり小さな町と共同体を作っていきます。はじめは、小さな共同体で軟弱な共同体ではありますが、年月と共に人が増え職種を増やしていき、いつしか強固な経済圏を作っていきます。それが、民族の村(日系人であれば、リトル・東京。中華系であれば、チャイナタウン。各民族の地区を持っている)であります。一度出来上がった民族村には、他民族は決して入ることの出来ない生活共同体と経済圏になっていきます。
 一見それは、他民族との共存という多様化社会という美談に見えますが、先住者や地元民にとって見るとオリジナルの街の歴史や文化が壊され、他国からの異文化の浸透によって自分たちの経済圏がこわされることにも繋がっています。
 北米社会は、多民族国家で文化も歴史も浅いので、日本やヨーロッパのように宗教観や文化や民族と土地が土着していないので、他民族の移住者が浸透しやすいという良き部分もあります。それらの利点は、年月をかけずに他民族のコミュニティーを作りやすいという側面もあります。北米に移住するほとんどの人は、自国に居られない状況や自由経済にあこがれて、北米に渡ってくる人たちです。そこで、北米型自由主義の中で自分たちの権利と権限をどのように拡張していくのか? 
 後発の移民者の最大の課題は、先住者や他民族の既得権を自分たちのモノにして、同族や同胞に仕事と生活基盤を作るのか、これが民族の最大の焦点であります。さらに言えば、多民族社会で生きていくための生存権の確保であり、民族の経済圏を作るという既得権の奪い合いがはじまります。日本人は、多様化社会と言うと「みんな仲良く」とか「差別なき社会」という表面的な話しばかりをしていますが、そんな単純なモノではありません。他文化の共存と多種多様の共生は民族生存競争が根幹にあり、「喰った喰われた」の残酷な世界でもあります。いかに北米社会に溶け込んで、自分たちの文化と生活基盤を作っていくか。北米社会は、法の下の平等でなりたっているので、法にのっとって手続きを進めていけば、権利と権限を手にすることが出来る社会であります。ただし、北米社会は移民もビジネスとして捉えているので、それだけ北米に投資なり個人の労働力を提供できるのかを天秤にかけながら、移民政策があります。
 少し脱線しましたが、「このガソリン価格と民族の関係は、どこで繋がっているのか?」
 いま、西海岸では多くの地元で育った若い世代は、その町で住めない現実があります。アメリカ・カナダでは、西海岸で起こっているガソリン価格の高騰によって、すべての物価が高くなり普通の職に就いても生活が出来なくなってしまいました。それにより、物価が安く税金が安い街に移住するという事態が起きています。いま、なぜアメリカでテキサスやフロリダに人口が集まってきているのか? カナダにおいては、Vancouverを離れて郊外や田舎に引っ越す若者が増えています。その意味は、西海岸では普通の生活ができなくなりガソリンや税金や住宅地が安い場所に移住する人たちが後を絶ちません。Vancouverの高級住宅地は、中国人(裸官)や中東の人(オイルマネー)によって土地が買われて、昔から住んでいる人たちがどんどん離れていく事態になっています。
 地価が上がるということは、固定資産税が上がるということです。地価が5~10倍に上がれば、固定資産税を払えずにその場に住めない老夫婦がいるのも事実です。合法的な資本によって、先住の人たちが出ていき空洞化された場所に外貨を持った他民族が入植するという、新たな文化の侵略がはじまっています。
 Vancouverは20年前から中国本土の人たちが増え、街並みや民族の比率も変わってしまいました。その顕著に表れているのは、地元の公立の学校です。大学になると生徒の50~60%が中華系の民族(中華系とは、中国籍をもってカナダ国籍も持っているので、実質はカナダ人である)になり、長く住んでいる白人の子たちが入りにくい状況になってきています。移民できた中華系の人たちは、日本と似ていて塾や習い事をさせて学校以外に勉強をさせているので、公立校の中でもトップになる子が多くいます。入試スコアも上がり学費も上がってしまい普通のカナディアンの一般家庭の収入では学業をするのは難しくなってきています。いままで、子々孫々のために勤労と納税をしてきたものが、自分たちの子供たちは恩恵を与えられず、他国の移住者に街の財産が使われるとなれば、民族間の火種を抱えることになります。このガソリン価格の問題は、所得格差をさらに生み「ガソリン価格の高騰」というふるいをかけて、低所得者層を追い出すという自ら住民自治を否定する政策をしています。北米社会が抱えている大きな闇は、多様化社会と移民国家を掲げてきた国の足元の住民自治を壊しているという実態があるということです。(地元を愛する心と昔から街を支えた勤労・勤勉者を追い出す仕組みを作ってしまいました。)
 この問題は、決して西海岸だけの問題ではありません。日本は、移民政策や他民族を帰化することを推奨していますが、本当に他民族との共存が日本国家にとって未来ある社会になっていくのか?
 いま、日本社会に蔓延しているリベラル思想は「耳障りのいい」「幻想を抱きやすい言葉」に桃源郷を連想する思考回路になっています。そろそろ、その詭弁に気付き日本人は封印されていた民族観や国家観を取り戻し、世界という大きな地球儀で見なくてはいけない時期に来ています。これから北米社会やヨーロッパ社会の実体を見ながら、日本人はオリジナルの人知で考える時期に来ています。