歴史から抹消してしまった国防と国益 Ⅻ
-世界のパワーバランスが変わり、新秩序になる時代の到来-

 いま、世界は激動の中でアメリカと中国を天秤にかけながら、世界情勢を見ています。欧州においては、一見アメリカと同じ方向に向かおうとしていますが、欧州は独自の価値観を持っています。日本にいるとその空気感の違いが判らず、北米と欧州が同じ世界観(西側陣営)で動いているように見えますが、まったく違う未来を見ています。日本には、造語でもある「欧米」という言葉があり同一の文化・国家観であるように思っている人が多いと思いますが、欧州と北米は別モノでありこの言葉は使うべきでないと思っています。「欧米」という言語を使うことによって、言語空間の誤認を助長して世界情勢を正確に捉えることが出来なくなり、誤った国づくりをすることに繋がっていきます。今日は、欧州からみた世界を書いてみたいと思います。

 この武漢熱が2年続いたことによって、北米社会も滅茶苦茶になりましたが、欧州はさらに深刻な事態になっています。EUのいまは、戦後続いてきた欧州全体の経済と軍事の集合体が壊れ始めて収拾がつかなくなっています。武漢熱の発症時とは前後しますが、EUの存続が顕著にでてきたのは、イギリスの離脱によって明確になりました。イギリスの離脱の大きな理由は、移民問題(民族観)と経済問題(単にマネーの話しでなく、経済的自立の国家観)が国家の存亡の危機が迫っていると判断し、欧州の全体主義には未来がないという大きな決断をしたことです。そして、イギリスはコロナ後の世界秩序を描きながら独自の国家観で動いています。いまアメリカと再びくっつき、パックス・アメリカー(アメリカの力による平和)の持続する世界秩序に国づくりの舵をきりました。
 そのイギリスとは対照的に欧州連合は、中国と米国を天秤にかけながら世界情勢を見て、将来の行く末をしたたかに伺っています。欧州は、民主主義や自由主義経済で北米や日本と同じ価値観で、コロナ後の西側陣営を描いているかと言うと、実は違う未来を描いています。いまの欧州を知るには、現状と地政学から見ると立体的にその意味がわかります。そもそも欧州の生い立ちは、ソ連(ロシア)の脅威による力の均衡の中で出来た連合体です。小国の集まりが、EUというグループ圏を作って多文化と経済圏を維持するために作り、その根幹は殺戮を起こさない平和秩序の持続からはじまりました。その代償として、国家の概念を捨て人と労働と貨幣(人種と企業とマネー)をシャッフルにして画一的な社会のプラットフォームを作りました。国家・民族の尊厳を大事にしながら、文化と母国語だけが残る北米とは違う多民族国家の類似文明の集合体を作りました。別の捉え方をすれば、2つの国家の柱である自国通貨と国防を壊し民族観と国家観を無いもの(ボーダレス社会)として、歴史と文化だけを残す国づくりをしてきました。その集合体は、軍事面での国防体制が弱点になり「どこが軍事的なリーダーシップをとるのか?」軍事力の均衡が深刻な問題がありました。(欧州は、強いものが弱いものを支配する略奪と侵略の歴史があるからです。)そこをEUは、上手くアメリカを使いリーダーにアメリカにすることで集合体の軍の均衡と(ソ連)ロシアから侵攻をされないための軍事同盟(NATO)をつくることで、パワーバランスをしてきたのがヨーロッパの歴史です。それによって大戦後と冷戦後は、ロシアの脅威と平和の妥協で大きな殺戮もなく、今日までEUとして存続してきました。
 しかし、5年前にトランプ大統領の出現によって、世界の警察の役割を終わらすような発言をして、世界を震撼させました。この発言によって、欧州のボディーガードをいつまで続けるのか解らないアメリカに対して、これからの軍事力の均衡をどうするのか? という深刻な問題にさらされています。今回のウクライナ問題でもわかるように、軍事による均衡バランスが近未来には壊れていくことは避けられないとEU諸国は捉えています。(いまは、NATOによる軍事同盟で均衡バランスをしていますが、果たして10年後続いているかはわかりません。)そのロシアからの脅威が復活し、アメリカの軍事の後ろ盾が見え隠れする中で、EUの平和秩序をどのように維持するのか岐路に立たされています。

 もう1つEUが抱えている問題は、経済の連合体として体制です。冷戦後の経済のパワーバランスにおいて、北米と日本にEU連合体は勝つことが出来ず、ドイツ一国で他国の経済を支えるという国家間の格差社会の中で、どうにかEUの秩序を維持してきました。実体はボロボロで、東アジアの経済発展するにつれて、EU経済が後進国に落ちぶれるところまで来てしまいました。その世界のパワーゲームに、欧州の弱体に目を付けて割って入ったのが中国であります。イデオロギーでもなければ軍事協定でもないモノが、すんなりと異国の地に入り他人種・他文明の中に中国の示威が浸透していきました。2000年はじめのEUは、景気が回復し社会も潤い中国市場と共存することが、自国の富も潤うと信じて国づくりを進めてきました。(日本でも地方の観光地や銀座などが、中国人頼みの地域経済になり、中国人が来ないと地域経済が疲弊してしまうという構造と同じです。)この新しい侵略の形が、チャイナ・マネーによってEU各国の経済の神髄まで侵食していきました。目に見えない間接支配は、国家の中枢にまで影響力を及ぼし、傀儡状態にまでなった国まで出てきました。このチャイナ・マネーの蔓延が、世界のパワーゲームである米ロの秩序を壊し、第三極の勢力図にもなりました。(正確に言うと、米国の1極体制に対して中露がくっつくことによって、米国に対峙する2極体制になっている。ただし、中露は文化的背景が違うのでいつまで軍事同盟で続けられるのかが不明である。よって、第三極と定義しているのは中露の関係は、長くは持たないと見ています。)
 冷戦以降のEU諸国は、北米型の自由経済体制では経済的繁栄がないという負のスパイラルに入り、欧州は独自の経済体制を模索してきました。そこに、チャイナ市場とチャイナ・マネーが欧州の生きる道として活路を見いだし、欧州経済をいままで支えてきました。なぜ、欧州はアメリカと中国を天秤にかけて見ているのか? その理由は、コロナ後の大きな図式が共通の利害が一致しないところにあり、「勝つことが出来ないアメリカ主導の経済体制で行くのか」「悪貨と知りながら、中国に依存した経済でいくのか」この大きな分岐点で模索をしているのが欧州の本当の姿です。

 

―パワーバランスを壊し、闇を表に出した国―

 世界の中で一番初めに、この第三極の脅威に異議を唱えたのは日本であり安倍首相でありました。オバマ政権では、ほとんど日本の主張が理解されなかった中国脅威が、トランプ政権になってから一気に表面化して米国の政策が対中政策に転換しました。しかし、欧州はその脅威を理解せずトランプ政権になってからも、チャイナ・マネーを経済の柱にした国づくりを続けてきました。ほとんどのメディア(日本の大手メディアやCNNやニューヨークタイムズ)は、真実を報道せずにトランプ大統領を「世界秩序を乱す男」「政治のド素人」というレッテルを張り批判を続けてきました。多くの人は、トランプ氏の横柄さが欧州と北米の溝を作り、合意点に至らないのは彼自身の問題だと印象操作が真実として信じてきました。しかし、北米と欧州がなかなか一致点を出せなかった本質は、中国に対して国際政治・国際経済をどうしていくのか? この一致点が、両者においてかみ合わなかったところにあります。 
 コロナ前までは、ほとんどの国がチャイナ・マネーを軸にした国づくりで来ました。2020年コロナが蔓延することによって世界は、中国に対してその意味を理解して不信を抱き距離を取りはじめました。
 しかし、各国の未来像はバラバラでパックスアメリカーナ(アメリカ一極体制)を疑いの目でみて、次のパワーバランスがどうなるかを伺っています。いま欧州は、北米ほどの対中政策に踏み出せずにいるのは、3極構造(米・露・中)の渦中にいるからです。ドイツをはじめ欧州連合が躊躇しているのは、軍事同盟を重視するのか?(米国サイド) エネルギー確保を重視するのか?(ロシアサイド) 市場(経済的自立)を確保するのか?(中国サイド) この3極を天秤にかけながら、存亡の駆け引きの中で国際政治を見ています。
 湾岸戦争時のように、軍事同盟と市場が西側諸国の共通の利害関係が一致していたときには、一瞬に共通の敵を作り同盟として機能していました。90年代以降の欧州は、経済の弱体化と共通の利害が一致しなくなり、西側諸国にも一枚岩ではなくなってしまいました。EUの最大の問題は、経済的自立と軍事的独立が一国で決めることが出来ないことです。全体主義の中で意見を一致しないと連合体は動かず、いままでのように共通の価値観で一致することが無くなってしまったところにもあります。戦後のEUは、ボーダレス(国境取っ払った国家)にすることで国家と連合体が繁栄すると信じてきましたが、そこには陰りが見えています。さらに深刻な実体は、最後の砦として中国市場が桃源郷であると信じていたモノが、実は侵略であったという現実です。中国の国家戦略は、資本の買収(不動産・株・会社)と中国権益の定着と中国人の流入という3手法を使い、合法的な手段で中国人にしか利益が出ない仕組みに変えてしまうことです。コロナ後は、実態が明確になり欧州経済はさらに悪化して、欧州人の富が奪われていくと見ています。その先には、欧州人が貧困になり中国人に富が集まる経済システムが出来ているということです。

 海外から見ていて不思議に思うのは、一番はじめに中国の脅威を唱えた国が、どこに対中政策があるのか見えないところです。中国は、少数民族の弾圧を続けてきています。その状況を知っていながら、国会決議で中国のウィグル人弾圧の非難決議すら出来ない国家が、世界に対して対中政策の旗振りが出来るのでしょうか? これからさらに、対中政策は軍事オプションに世界は転換していくことは、避けられないと見ています。今だからこそ、日本は中国の覇権を1つ1つ明確にして世界に発信していくべきだと思っています。官だけがするのではなく、民間も含めて対中政策を明確にする必要があります。そして、日本人はヨーロッパの連合体を見習い「国家観」「民族観」が無くなった国家が、どのような将来になるのかを正確に捉える必要があると思っています。敗戦後の価値観は、Liberal Institution Theory(リベラル制度セオリー):画一的な社会が次世代の社会システムと信じてきました。国家観や民族観を失くし、民主主義と自由主義経済をしていれば何も問題もないとしてきました。ある意味、戦後体制の崩壊がはじまろうとしています。