令和について

新しい元号の令和は、万葉集の巻五の大伴旅人の梅花の歌の三十二首の序からとられたとされています。この大伴旅人が、大宰府に行くことになった背景には、長屋王の死に関係する何かがあったと、推測されています。ここで、この二千十九年の一月一日から三日の間だけ掲出されていた幻の光文書があることを報告しなければなりません。
また、それとは別に、精神界からの伝達として、「神知と人知」のコーナーには、二千十九年三月二十一日の歌の最後のところに、「よのかわり はるにさきたる うめのはな」という一節があり、その最後には、二千十九年三月三十一日をもってひとつの契約の期間が終わるとのことです、という言葉がつけ加えられていました。
また、これらのこととは別に、この三月二十四日に私は福井県にある平泉寺白山神社に呼ばれて、そこで、白山を開山したとされる泰澄の意識体とコンタクトしてきました。
その泰澄こそ、長屋王とその一族の死後、平城京を危機に陥れた疱瘡の流行をくい止めた主人公であり、神道と仏教を日本的に融合させた最大の功労者でした。
そこではっきりしたことは、これからの日本は、大仏をつくった時代と同様の危機に見舞われるということでした。
新しい元号に変わるという祝賀気分のなか、これ以上、暗い未来を語ることはさけたいので、今回は、今年の正月三が日だけ存在していた光文書の再掲出をしておきます。これで、この世は、精神界の動き通りに変わる、うつし世だということがわかっていただけるはずです。

二千十九年四月四日 積哲夫 記


光文書(ヒカリモンジョ)  Vol.634

運命の年

この二千十九年は、日本とこの世界にとって、大きな変革、または、意識の覚醒への道が整う一年になりそうです。
具体的にいうと、昨年までの期間で用意された、新しい日本人のためのたましいのモデルとして、これまでこの世にはたらきかけてこなかった神格が、日本史のなかから復活、または、創出されるはずです。
私が知るスケジュールだと、二千十九年三月三十一日までにそれらのことが成就すると、日本というクニは、ほんとうに新しいステージに移行することになります。
その根拠は、昨年末の十二月二十二日の冬至の日に、私が石見物部神社で神界のプログラムを実行したことにあります。
よく知られているように、島根県の石見物部神社と奈良県の石上神宮と、三重県の伊勢内宮は、一直線に並んでいます。今回の神業によって、これらの用意が、日本列島上に置かれていたのは、人間の知が記紀のストーリーを理解した後に開かれる日本史の闇の部分をあきらかにするためだということがはっきりしました。
物部氏は天孫族であり、もともと石上神宮でフツノミタマという神剣を奉じた祭祀をしていたのも物部一族だったとされています。話は飛びますが、私の石見行きの大きな動機のひとつにあったのが、いまだに深い闇の向こうにあるとされる長屋王の謎でした。
天武天皇の壬申の乱によって、現在の日本の姿があるのですが、不思議なことに、それからしばらくして天武の血筋は絶えてしまいます。
それを決定的に運命づけたのが、長屋王の死だったと私は考えています。
今回のモノノベ・イセ・レイラインに光が宿ることによって、日本の神道の闇が表に出ました。それは、歴史を調べてもらえば誰でもわかることですが、日本の神々が、いま使われている、神道のノリトを神界語として認めていない最大の理由が、藤原氏というか、ある時期に成立した中臣神道にあるということがはっきりしたのです。
長屋王は左大臣でした。そして、藤原氏の陰謀によって七百二十九年に自死に追い込まれます。その死後、藤原氏の四兄弟は、当時流行した天然痘らしき病に倒れ、死ぬことになります。同じようなことが平安時代にも起きました。菅原道真も左大臣でした。同じく藤原氏の陰謀によって、菅原道真は大宰府に流され、非業の死を遂げることになります。その死後、京都では藤原時平をはじめとする藤原氏の一門が続々と死に、その呪いを怖れたものたちによって、菅公は神としてまつられることになったという歴史があります。
重要なことは菅原道真は神としてまつられましたが、いまだに長屋王はどこにもまつられず、その屋敷跡をめぐっては、長屋王の呪いという言葉が、現在の奈良市から聞こえてきます。
私が理解したことは、日本の歴史において、藤原氏というものが本来、天皇のものというか、天孫族のものであった、天の神々の代理人としての地位を奪ったらしいということです。
この歴史的な簒奪をあきらかにすることで、このクニの神社の結界が結び直されることになるというのが、私が到った知であり、それによらずして、このクニが正しい覚醒に到る道はつくれないもののようなのです。
何度も私が経験させられたことですが、神理の扉は、開くべき時までに、人間の側が正しくはたらかなければ、開くことはありません。
今回のことで、日本の歴史は、また、正しい知識へと近づくはずです。
そして、こうした日本の歴史を知ることで、全世界の真に神を求めている人間の覚醒がはじまるのです。
二千十九年は、地球上において、自分たちは神の子であるということを信じる人間グループと、死んだら終わりと信じる無神論者の人間グループの文明的な対決がはじまる年になります。その最先端に位置するのが、この日本列島なのです。この記念すべき年の年頭に、初詣をされた多くの日本人のなかには、いままでとは違う気配を神社のなかに感じられた方も少なくないはずです。
その直観を信じてください。日本の神々は、いま生きている日本人に怒りつつ、絶望しつつ、同時に、はたらきかけも強めているのです。
この二千十九年が、日本人の覚醒の年になることを祈ります。

二千十九年一月一日 積哲夫 記