6月

北側ギリギリに植わっている樫の木の伸び栄えた枝葉を夫婦で道具を使ってはらった。
きのう午前中。
雨に当たっていたので葉っぱは
きしきし ぴかぴか だった
そして聖別のお塩を使って土地をお清めをした

精神学協会の会員でありますわたしです
ここが
天と地につながる道筋が
聖別されたお塩によって
祈りの言葉によって
きよめられますように

これでここに母がいなくなって二年目の枝払いとなる
一回目に比べればあっという間に背丈は縮んだ。
地面に風が通った。日が差した。

母は三人の娘の家族にここの家の内外の造作をさせなかったので簡単な修理も庭仕事も手を出すことができなかった。
なので去年の枝払いは大変だった。

三人のうちの誰かに頼むとあとの二人のことが気になって仕方ない という理屈だった。そねみねたみ の起こらないよう「三人には公平に」が信念だった。

ここへ移り住んでまもなくしてあちこちの作りを見て
夫があきれていた。
「こんなこと(方法、)で応急していたのかー
ひとこと言ってくれれば修理改善できたのに、、」
一人っきりになっても母は具合の悪いところをひたすら隠していた。
・あの子に見つからないように
・あの子に頼むのは避けたい
・あの子にだけ助けを求めるわけにはいかない
両親の信念があちこちにここのうちに張り付いている。。
夫が修理に手を出してくれることに支えられて
いまでは両親の信念に対して「おつかれさまでした」という気持ちになる

夕方。
タンクにたまった雨水を樫の木の根元の地面にたっぷりささげた。木がゴックン ゴックンと雨水を飲んでいるのが伝わってくる。

今朝は先輩女子ねこが庭に出ておいのり座りしていた。
ああきのうお清めされた地面。
土とお話しているんだなー

みんなに包まれているしあわせを感じた。
 6月はとてもたくさんの変化が外側からやってきた。
宮崎のファミリーが6月そうそう「三歳の孫とどーしても会わせたかったからー」
と びゅーーーんとやってきて
あっという間にまたびゅーーーーんと帰っていった。
おおきくなった孫ちゃんは親愛の空気をわたしたちに届けてくれた。ありがとねこんなにおおきくしてくれて

誰に向かって放てばよいのか
ただただ目の前に来てくれた家族の気持ちがうれしかった。

キャンペーンでおまけがあるから と夫が電話回線業者を切り替えた。わたしは咄嗟に父を思い出した。

デジタルに変わるという時期に備えて父91歳は通信環境で負担のかかるものの解約とか
見事に「母のため」にやってのけた。

夫が 「これで月々いくらかは電話料金安くなるよー」
と言うのを聞く自分の境地にふしぎなものが見えた。

私はいずれいなくなる
いましていることは
あなたのために

同時におもった。
年々専門用語の意味がつかみにくくなったので通信環境も
これが最後のプランだなー
案の定 接続変更段階でこちらの勘違いミスに頭をかかえた。

仕事もたくさんあった。
一人親方業の(業)の一文字が消えた立場で
平日仕事に向かう夫を見送った。

そしてゴッドブレイン・ドット・コム会員ブログに書き表すことができて自分に聞かせる大切な一点がわかった。

平気ではなかった
ということ 

ごめんねごめんねと言いながら聞かせる愚痴にたいして
自分は母に「平気だよ。わたしは。」と言った。

自分は自分にやっと言うことができた
「平気じゃなかったよ」

6月のおおきなたくさんの変化。
ただただかたじけなさとおどろきでいっぱいです

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