精神界からの情報で、いまのキリスト教文明圏の姿は、旧ローマ帝国の遺産を引き継ぐ、三つの地域に反映されているというものがあります。これが、いまの世界の姿だと考えて、いまの世界情勢を見ると、この世が終末であることが分ります。ひとつ目は、東ローマ帝国を精神文化面で継承したところで、いまのロシアです。ただし、ロシアはもともとウクライナのキエフ公国の成立によって生まれた国であり、いまのウクライナとロシアとの戦争は、この文明圏のいまの姿ということです。
ふたつ目が、西ローマ帝国で、これは、ローマが中心でしたが、いまはフランスに、その主軸が移っていると見るべきとのことでした。EUの中心国はドイツですが、ドイツはローマ帝国には属していません。EU諸国は、いまイスラム圏からの移民によって、文化的崩壊の危機に直面していますが、これは文明史的には、植民地というものの上に繁栄したヨーロッパの反省期の姿です。
みっつ目は、アメリカで、そこはローマ帝国の属州であったユダヤ王国のエルサレムという地に示された約束に対応するところだというのです。この考え方でアメリカを見ると、その歴史と、なぜ福音派というキリスト教徒が多いのかも、理解できます。そして、アメリカがイスラエルという国家を支援し続ける背景もはっきりしてきます。
イスラエルの一部の人間グループが、エルサレムに第三神殿を作ろうとしていることを、アメリカの福音派が支持している理由が、そこにあります。
しかし、第三神殿は、ユダヤ教の勝利なのであって、その完成後に何が起きるのかというと、選民による世界の各民族への支配の正当化というシナリオなのです。
つまり、ローマの文明は、結局のところ、エルサレムに帰結してしまいます。
そして、第三神殿を、現在のイスラエル政府が作ったとしても、そこに収まるべきアークは失われたままなのです。
ここで、この二千二十五年の七月に、日本の四国の剣山に封じられていた失われたアークの情報開示がなされたという話に、歴史的な意味が生まれるのです。それは、すべてのキリスト者に対する問いかけです。
このまま出口のないキリスト教文明の中で、これまでの歴史の中でくり返されてきた強欲による流血の循環の輪の中に閉ざされ続けるのか、一神教の神の秘密を知って、その神を超えた領域に到るのか、という問いです。聖書の時代を終わらせる仕組みが、日本の仕組みというもので、その仕組みは、ひとりひとりの人生の中で、理解できるようになるという、宗教家という神との仲介者が、人間に伝える時代の終了を告げるものでもあったということです。これまでに開示された、この情報の中でキリスト者に最も重要な話は、失われたアークを、再発見するという精神的行為の目的は、実はひとりひとりに用意されていたアークの存在に気付くことでした。これによって、キリスト者も、日本の神道の知識と同じように、神の子というか、神が契約の箱を授けたものという、神の容器として生まれていたということが確認できるのです。ひとりひとりの内に、神との契約の箱があることを知った人間に、教会も神殿も、必要ありません。
この契約の再発見の情報が、日本列島に置かれていたということが、この日本の仕組みが、地球の全神界のプログラムであったことを証明するための情報系が、この光文書をはじめとする、「最終知識」から今日までの精神学協会の歩みの中にあります。それは、過去の時間の中に置かれていて、それを学ぶことで、人間のたましいに、本来、隠されている神性を開花させることが可能なテキストになっているのです。これからの時代に、この神性をキリスト者が開花させる道はシンプルなものです。精神学協会が提供する、モーゼさまカードを、くり返し、頭の中にインプットすれば、ある段階で、失われたアークが、その頭の中にあることに気付きます。そこから、そのアークの蓋を開くためには、精神学を学ぶことで授けられる光の剣を手に入れることです。そして、光のものとして、この世の闇と戦い続け、この世に光を届けるものとしての働きが認められれば、その剣を、アークの上にいる二体のケルビムの間に差し出す日が来ます。その人物の神性が剣の光としてケルビムに判定され、蓋が開くと、契約が開示され、ほんとうの人生がはじまるのです。ほんとうのキリスト者が目指す人生とは、このような光の戦士のはずなのです。その時代が、やっとはじまります。
神紀五年(二千二十五年)八月十四日 積哲夫 記