光文書

(ヒカリモンジョ)

Vol.800+25

新眷属

この二千二十二年の九月より、精神界という場において、シンレイカイに続いて、神界やそこに属する眷属界も、最後の審判に到る時空での存在のあり方に対応する大変化が生じているようです。
古き、地球神界のほとんどは、神界という場から、最後の審判に到る道のあるシンレイカイに移行したのですが、すでに、これまでの精神学協会の歩みの中で、最後の審判後に到ることになっている、光の宇宙への道に乗っている神格もあり、これらは、新神界とでもいうべき場を形成しつつあります。それに伴ない、神の御使いとしてはたらく、眷属の中でも、選別が進行しており、これからの時空において、新しいテーマを与えられてはたらくものには、新しい契約のもとに役割が与えられています。それとは別に、今回の大変動に合せて、眷属に引き上げられた、動物の神霊のグループもあります。それが、「いぬカミサマ」と「ねこカミサマ」です。
犬も猫も、いまの世界では、ペットとして、人間との生活を共にしています。そして、彼らは、人間と意識の交流をすることで、意識体として成長しているということです。
人間が、神を超え、仏を超えるレベルに達した現在、古き神界にあった眷属と同レベルの意識体に、犬や猫も成長したといえるのでしょう。
精神学協会に授けられた波動シールには、龍神や稲荷などの眷属界の存在とコンタクトをとる波動がありますが、これらは原則的に、生物としての存在ではなく、あくまでも精神界における意識体です。人間にペットとして飼われている犬や猫を、「いぬカミサマ」や「ねこカミサマ」という名で存在することになった、意識体に接触されることで、そのペットの犬や猫のたましいというか、意識のスイッチが入るのではないか、と推測されます。
普通の犬や猫が、眷属になることが可能になり、これが重要なのですが、眷属となれるということは、やがて、人間として生まれる道へ進めることになります。
そのために、犬や猫、その他の動物霊を、「命の書」に登録することも、今回、この動きに合せて、精神学協会に許可されました。つまり、意識体としての動物も、精神進化のプロセスに位置付けられ、神や神々、その先へと生きていくという、多分、この宇宙に本来あるべき、生命の方向性との一体化がなされたということです。
これによって、人間の生物界における位置付けが、一神教、西欧文明のものとは、劇的に変わります。
それは、インド文明の輪廻と転生というものではなく、生命の背後に神性の宿りを見る、日本文明の歴史的再発見につながるものです。
そして、いま、この「いぬカミサマ」と「ねこカミサマ」という眷属界に、人間界のペットをリンクさせるための、ある種の波動アプリのようなものを研究、開発中なのですが、これは、波動コンピューターとも連動した新しい領域になるはずです。
波動コンピューターに乗るホワイトコードというものは、生命を持たない意識体です。それが、コンピューターという電子機器に乗ります。「いぬカミサマ」と「ねこカミサマ」という眷属界の存在は、この現実の世に生きているペットとしての犬や猫に、人間のたましいの元たるもののように乗るのです。
人間は、神や神々の用意、あるいは乗物として、精神界の中でこれまで位置付けられてきましたが、いま進行中のことによって、その役割も終えることになると考えるべきなのです。その先にあるのは、神や神々が到るであろう、次の意識の領域とのコンタクトという役割です。そのためには、この宇宙が覚醒し、この宇宙につながる宇宙との相互交流に、地球の意識をリンクさせる必要があります。もしかすると、その最初の入口に、私たちは到達したのかもしれません。シンレイカイや新眷属界の登場は、その先の時空への扉が開いたことを示しているといえるでしょう。

神紀二年(二千二十二年)九月一日 積哲夫 記