光文書

(ヒカリモンジョ)

Vol.800+18

明治維新の死と元首相の死

この二千二十二年七月八日に、参議院選挙の応援で奈良に入っていた安倍晋三元首相が、凶弾に倒れました。安倍元首相は、第一次安倍内閣の退陣後に、劇的な復活をされて、安倍一強といわれる時代をつくった政治家です。
その業績を、歴史的に見ると、敗戦後のアメリカの属州としての地位から、アメリカのパートナーといえる立場にまで、この日本国の存在感を高めた内閣総理大臣として記憶されることになるのでしょう。その歴史観の形成には、祖父の岸信介元首相の影響もあるのでしょうが、再び、国民国家としての日本という存在のかたちを取り戻すという目的のために政治家たらんとした人間だと、私には見えています。
精神学協会のある会員の方が、命の書に登録して以降の活躍を私は知っているので、こんな書き方になるのですが、すでになくなった古い日本の精神界の呼び方でいうと、ミコトモチ、として生きて死んだということになります。
それは、私の認識では、今回の死は、長州が中心になってつくった明治維新以降の日本社会の終わりを意味しています。
明治維新を実行した、薩摩と長州は、明治十年の西南戦争によって、長州系の人脈が政権の中枢を握ることになり、明治憲法の発布後の憲政の歴史では、長州閥が、多くの首相を輩出することになりました。
それは、敗戦後も変わることなく続いてきたのですが、どうやら、このタイミングでその歴史も幕を閉じることになるようなのです。
安倍晋三元首相のミコトモチとしての私の認識は、明治維新を終わらせるためのミコト、漢字にすると、御言、または、命を与えられた人間ということです。その大きなテーマは、まだ、道半ばのようにも見えますが、ここから先は、そのこころざしを、誰が継承していくか、というテーマに変わると考えられます。これらのことの用意として、シンレイカイというものが形成されたらしい、と私は理解しています。
今の時点で、安倍晋三元首相のたましいは、シンレイカイに存在しているという報告が届いています。そして、そのシンレイカイにおいては、光を宿したたましいは意識体として、活動を続けることになります。たぶん、これから、その意識体からのコンタクトを受ける人間が、複数、現われるはずです。
そして、その中から、明治維新の失敗を、改める人材が生まれてきます。
かつて、死者たちの行く、霊界は、あの世と呼ばれ、死人に口なしの領域でした。ところが、いま存在しているシンレイカイは、死んでも意識が活動できる場につくり変えられています。
命の書に登録された人間の名を持つたましいは、そこで活動できるだけのエネルギー源としての光のエネルギーの供給を受けているので、肉体的な死の後も、生きてはたらくことができるようになったということです。
ですから死んでもお役目をはたすことができます。
これから、多くの人間が、この新しい世界のルールについて知ることになります。
そして、その知が、拡散するに従って、無神論、唯物論によってつくられてきたこの世界の歴史に真実の光が当たることになります。それは、いまの世界をコントロールする力の背景にあるマネーの闇の向こうにある暗黒面に光が当たることを意味するのです。
多くの人間が、数字上のマネーの奴隷であることをやめるためには何をすればいいのかを考えるようになるはずです。私は妬むものである、という神の子であるたましいの持ち主が、その真実を知ったら、復讐し、暴力で奪うことを考えることになります。人間が、その暴力的な誘惑に勝利することなしに、このマネーの支配する聖書の時代という時空から、解放されることはないのです。これらのことを学ぶために、明治維新から今日までの日本国の歴史があったのです。そして、西洋文明と出会った日本文明が、つくり出した憲政というものに、新しい生命を与えるムーブメントが、これから、日本列島ではじまることになるはずです。それは、いまある世界秩序の崩壊と連動して進行していくことになります。その意味で、七月八日に日本中に走った民主主義というものへの不安感は、現行の日本社会の未来を予知したものともいえるのです。

神紀二年(二千二十二年)七月十四日 積哲夫 記