光文書

(ヒカリモンジョ)

Vol.800+30+5

悪魔の容器

この二千二十二年の十一月の大分におけるカウンセリングで、コロナウイルスに関する重大な精神学的な発見があったので、今回はその報告です。そして、その結果を考察すると、これは、歴史的には、第一次世界大戦中に発生し、多くの人間が死んだスペインかぜと似た影響を、人類に与えるものだという結論に到ってしまうのです。
その結論とは、スペインかぜは、ファティマの予言を人間界において、現実化するために、人間の遺伝子情報に、何かを書き込むために、インフルエンザウイルスが、大仕事をしたものだったというひとつの仮説の成立です。実は、これが、人間の身体を、審判の容器にするための何らかの操作であったというのが、精神界の情報で、その意味でファティマの予言は、今回の武漢ウイルスの流行の前までに、大難を小難にする形で終了していたということになります。それは、同時に、聖書の黙示録の預言も第一次大戦と第二次大戦、それに続く、今日までの歴史の中で、成就したということでもあります。
なぜ、今回のコロナウイルスの騒ぎと、スペインかぜの記憶がリンクするかというと、たぶん、人為的に操作されてつくられたと推測される今回のパンデミックの企画者は、過去のスペインかぜの流行と影響を研究し尽くしたと考えられるからです。
そして、それは、出発点は自分たちの利益という悪意であったにもかかわらず、結果としては、天の裁きを利する形となってしまったというのが、現時点での私の理解です。
ここからは、私が知ったコロナウイルス感染者の方の身体において、何が、生じつつあるのかの報告です。
コロナウイルスに感染して、相当な苦痛を味わった身体が、どう変化するかというと、その身体に、悪魔が宿ることになります。これまで、人間は神の容器として、その存在の形が定義されていました。それは、人間の身体には悪魔が簡単に侵入できないようなバリアがあったことを意味します。それが、コロナウイルスに感染して、苦しんでいる間に、そのウイルスによる影響で、遺伝子レベルでの変化が生じて、免疫力が低下、特にリンパ系にダメージが長期間残り、この身体のリンパの流れのシステムと、カバラの生命の樹の図形が重なると、人体は悪魔の容器となるようです。これに対しては、ダークとライトのイコンシールで、対応が可能です。つまり、人間は悪魔の容器となって、そのまま、「最後の審判」の場になるという、プログラムが、そこにあると考えられます。この人体の現象と、京都の御霊神社の神霊の発動で、京都の地下水脈に、魔水が生じているのとは同じ文脈で考えるべきなのです。
これは、日本列島が、「最後の審判」のステージとして、用意が整い、それに呼応する形で、人体の内部にある役割を担う情報が、外的な要因によって操作されたということです。
この人体の役割の遺伝子レベルでの変換というものは、歴史的に見ると、スペインかぜによっても生じていた、ということが、今回の事象で明らかになっていくと、私が、くり返し伝えてきた、聖書の時代が終わったということに、人間の身体の情報系も反応していくことになります。
当然、それはプラス面だけではありません。人間という小宇宙の中での光と闇の戦いが最終局面を迎えるということは、精神面でも肉体面でも、大きな負荷がかかるということであり、このマイナスのエネルギーを人間社会は受け続けることになります。ただし、これによって、健全な精神を持つ人間にとっては、最後の審判を無にするために、人間世界の各方面で画策されているハルマゲドンを現実化し、第三次世界大戦を起こそうとしている人間グループの情報操作に、正しい免疫を持つきっかけが与えられることになります。つまり、コロナ後の世界は、過去とは違う人間のステージになるということです。スペインかぜの大流行によって、人間の遺伝子レベルの情報の書き換えが生じて、ナチスのドイツに、宇宙的意識体のコンタクトが生じたというのが、私の知る情報なのですが、この話とヒトラーが予言したラストバタリオンの話は、別の機会に公開することにします。

神紀二年(二千二十二年)十一月十日 積哲夫 記