光文書

(ヒカリモンジョ)

Vol.785

日本列島の覚醒

この二千二十一年の十一月の十九日に、地球が、人間と同じように審判の容器になる用意が整った、との伝達があり、私は二十一日にそれを確認するために、後醍醐天皇の元弘の乱の舞台となった笠置山に登ってきました。この山は、道案内猫として有名な笠やんが、いた所で、猫の笠やんの前に、道案内犬のゆうじろうが、いたという話もあり、聖徳太子の愛犬で太子と対話をしていたという雪丸という犬の伝承が、奈良の王子に残るように、この京都と奈良を結ぶラインには、人間や動物の知覚に影響を与える、ある種の地場があるようなのです。それは、たぶん、この山の石が、ある種の意識を持つこととリンクしているのでしょう。
今回の笠置山で、私が石から得た情報は、後醍醐天皇の前の天智、天武の時代の記憶のようなものでした。つまり、記紀の成立以前の情報です。
日本の仕組みのために、日本列島が置かれていた時空から、解放されつつあるといってもいいのです。それによって、日本列島の意識は、誰が日本列島から日本人を追い出して、日本列島を手に入れようとしてきたかの歴史に向くことになりました。
ここで、ルドルフ・シュタイナーが、地球の頂点に位置するのは日本列島だという知に到達していたことを思い起こしてしてください。日本列島が、この二千二十一年に、この太古の記憶を取り戻したのです。そして、この二千二十一年は、聖徳太子の千四百年遠忌(つまり没後千四百年)に当たるのです。
いまの日本の教育界の中心にいる唯物論系の歴史学者たちにとっては、聖徳太子という歴史上の人物はいないことになっているようです。実は、精神界において、聖徳太子というパーソナリティは、神界にも、仏界にも座はなく、いまのところ、実在したという情報はありません。ただ、記紀の成立前に、存在していたとしても、そこに組み込まれた日本の仕組みの情報にとって、何らかの阻害要因となるようなデータが含まれていた場合には、歴史的な封印がなされている可能性があります。私としては、重大な関心を持って、歴史の闇の向こうにある聖徳太子のデータの出現を待っていたのですが、この二千二十一年か、きたる二千二十二年に、それらの情報が、日本列島のなかから出る、という情報もあったのです。それが、このたびの笠置山の石たちの申告で、現実化する可能性が高まりました。
日本列島は、記紀以前の歴史の記憶を封印されていたといいました。
今回の笠置山の申告が、これから、列島全土に及ぶ過程で、日本列島は、明治維新前からの、日本列島に対する邪悪な人間グループの侵略計画に曝され続けてきた世界史に覚醒することになります。世界を支配している人間グループにとって、日本列島が最終目的地であるのは、かつて、日本列島が世界最大の産金地域であり、黄金の国ジパングと呼ばれただけではない、もっと重大な何かがあるからなのです。
その何かの正体は、日本列島が覚醒すると、この地球全体が、本来のこの宇宙での役割を思い出してしまう、つまり、地球そのものが審判の容器となる道が開かれてしまうという秘密です。
いまの地球を支配している人間グループとその背後にいる暗黒の宇宙の意識体にとっては、覚醒した地球は、自分たちにとっての地獄となります。このことは、絶対に阻止しなければならないテーマでした。それが、これから、人間の世界での変化をもたらすことになります。一神教の世界においても、地球もひとつの意識体であると考える人間が増加し、彼らは地球をガイアと呼んでいます。そのガイアの波動シールの誕生に合わせて、日本列島が覚醒し、ここから先は、私の推測ですが、日本列島に集積されていた、一神教以前の精神界のデータの、ガイアの、あるいは、大地の記憶として、もともと、あった土地が、それらのデータを思い出すことになるはずです。
この物質宇宙は、この方向に時間を刻んでいるのです。それを妨害しているのが、暗黒宇宙に由来する意識体で、この光と闇の物語が、これから、この物質宇宙を舞台にくり広げられることになります。人間の意識が閉じ込められている物語宇宙の本質に気付いた人間から、地球を舞台にしたこの戦いの主人公として生きるという人生のテーマに向き合うことができるのです。

二千二十一年(神紀元年)十一月二十五日 積哲夫 記

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