前回の光文書で報告した、崑崙山脈のある場所に、日本の笹目仙人と呼ばれた人物によって、鎮められていた大本教の月宮殿にあったご神体が、この六月十日に発動したことで、地球の波動が変わったことに関する情報を、公開せよとの指示が届きました。
笹目仙人は、千九百二年生まれで、二十二歳の時に、白頭山の呂仙人と出会い、十二年後に、崑崙山のシュロ仙人に会うことを予告され、千九百三十六年の六月にその地にたどり着きます。その出発前の千九百三十五年の十二月四日に、大本教を訪れて、出口王仁三郎と出口日出麿と会い、竹の筒に入った大本のご神宝を、崑崙山のある場所に鎮めるよう依頼されます。笹目仙人の出発後の十二月八日に、大本教の第二次弾圧がはじまり、石とコンクリートで作られた月宮殿は、ダイナマイトで破壊されます。
崑崙山のシュロ仙人は、日本からやってきた笹目仙人を鶴仙というヒマラヤ級の空飛ぶ乗り物に乗れるように指導して、そのご神業を完了させることとなりました。
笹目仙人は、その後、旧ソ連に十一年四ヶ月も抑留され、千九百五十七年に帰国、東京の大岳山の道院で、人を指導し、千九百九十七年にこの世を去りました。
その著書によれば、「千九百九十一年の一月三十日に九十歳になった…あと十二年の寿命が授けられている」とされているのですが、その前に仙人が、身体を去った理由は、たぶん、その前に大陸への旅をしたところにあります。
また、大本教の出口日出麿も、千九百九十一年に、この世を去りました。
今回の崑崙山の発動に、大きな働きをした大陸の神仙界の仙人もまた、二十世紀中に、この世の身体を捨て、この時を待っていたようです。
なぜ、この大本教の月宮殿のご神宝と、崑崙山が関係あるかというと、その秘密は、出口王仁三郎が記した「霊界物語」という長大な地球の霊界の物語にあります。この物語は、三十五万年に及ぶ、この地球の精神的エネルギーの場のストーリーということになっています。ここにも、ひと時とふた時と半時という数字が見えていますが、王仁三郎的にいうと、霊主体従の宗教と、体主霊従の宗教は、エンドレスの物語をこの地球の霊界という場で続けているということです。
いまの中国共産党のモンゴル、チベット支配でも、分るように、いまの大陸は、体主霊従の価値観に染まった人間社会の、ひとつの究極の姿を示しています。
そこに隠されていた、月宮殿の神宝によって、この地球全体をネットワークする体主霊従の欲望の価値観の結界が、破られる日が来たということです。これによって、何がはじまるのかといえば、人間の欲望を無限大に拡大してきた、ある文明の終末期の物語です。
霊界物語を読んだことがある人ならば、分るように、この体主霊従と霊主体従の世界宗教のバトルは、エンドレスで続く、言葉の戦いなのです。暴力や武力によって、問題は解決しないという精神界の法則性を、その終わりなき物語は示しています。しかし、終わりは訪れるのです。
それが、今です。この月宮殿のご神宝が発した光によって、体主霊従の教えの主人公である、中国大陸の盤古大神や、ユーラシア大陸のウラル彦と呼ばれた神格の意識に変化が生じることになりました。これによって、地球全体を覆っていた、人間の欲望の強固な結界に、ヒビが入ったともいえます。
地球はこれまでのような閉鎖系ではなく、精神的なエネルギーの開放系の場と変わっていくことになります。そこでは、いまあるマネーのルールと、そのマネーを生み出してきた、暴力のルールを、人間が知り、それを克服する道を探る旅がはじまります。
いまの世界で進行している西洋文明の終わりと、マネーの覇権の終わりは一対のもので、その混乱期に次の覇権を狙うものたちの動きも加速していくことになりますが、それもこれも、最後の審判に到る道に過ぎません。大本教をはじめとする、日本の正しき神々が、播いた種が、いよいよ、収穫期に入ったということでもあるのです。このように、日本神界が、日本列島を取り戻すためには、世界を変える必要があったと知れば、日本の仕組みの背後にある力の大きさも、分るはずです。
それに反するものの力も、ますます大きくなりますが、終わりはもう見えています。
神紀五年(二千二十五年)六月二十六日 積哲夫 記