Vol.752

無神論の悪魔の死

いままで、一般には公開してこなかったアメリカ大統領選挙に関する精神界からの情報があります。それは、二千二十年の十一月三日の大統領選挙の前に、すでに、精神学協会のある会員のところに伝達されていたもので、アメリカにおいて、無神論の悪魔とでもいうべき意識体が、本来の悪魔が握っていたアメリカの支配権を奪ったというものです。これによって、トランプは敗れ、バイデンが勝利することが決まったと、その情報源は伝えていました。
無神論の悪魔とは何者なのか。それは、悪魔の力を使ってきた人間由来の意識体が、悪魔の知識を使い、本来の神に反する存在であった悪魔にとって代わることを長い年月をかけて用意してきた、私がいうところの継続する悪意の統合されたものということができます。
この継続する悪意というものが、今日までの人間の歴史をつくってきたともいえるのです。それはすでに、一般に宗教といわれる人間組織を事実上支配しているもので、それと同時に、世界のマネーの仕組みも、この意識体のコントロール下に置かれていることは、この世の問題を真剣に考えてきた人間には、陰謀論という言葉で知られているものを支えてきた現実のパワーでした。多くの人間は、この陰謀論の背後に、悪魔教の存在を見ていますが、そこで、神のごときものと人間界に君臨していたのは、人間由来の意識体だったということです。
いまになってはっきりしたのは、聖書の神というものは、自分の光と闇を分離するために、人間に造物主というテーマを与え、すべてをつくり出したものは、この世のすべてを自由にできる、という悪のベクトルを与えたということです。
私が、神というものもまた、精神的な進化のプロセスのひとつの意識形態に過ぎないということを、くり返しお伝えしているのには、そういう理由があるのです。
イエスの十字架上の死から、今日までの一神教の歴史は、その人間界に巣喰った継続する悪意という闇のエネルギーの正体を、神自身が、発見するためのものといってもいいのです。
普通の人間は、この私の説明をたぶん理解することはできません。しかし、それがこの地球という舞台を、しばらくの間、一神教の神に委ねた存在の意志であり、その学びは間もなく終わります。
一神教の神のエネルギーは、すでに地球人類の多くのたましいとして、配り終わり、その配られたワケミタマのなかにあった光を使って、悪魔は生き延びてきました。
それらは、神に属する悪魔でしたが、その悪魔の力を利用するために人間界の一部の悪魔を崇めるものたちがつくり出した、悪魔の儀式やその目的を達するための祭壇のデータが、この二千二十一年の四月四日に、光の側の知に開示されることになりました。これは精神界という場での話ですが、それによって、この地上でいま生きている人間が行なっている悪魔教の儀式が、かつてのような効力を発揮することはなくなります。
そして、永遠のいのちのようなものを悪魔の知識から、手に入れたとして、生き続けてきた、人間由来の悪魔は、人間同様に死に到ります。
地球の精神界において、今日まで最後の審判が起きなかった、最大の理由が、この人間から人間へと乗り移って生きながらえてきた意識体の存在だったので、その分離と捕捉ができたこの二千二十一年の時点で、聖書と一神教の時代は終わりを迎えます。
これが、もともと、私が知らされていた神の仕組みというもので、その仕組みの成就には、二千年以上の年月が必要だったということになります。
人間は、生きても、百年という時間に制限されて、意識活動をしている存在ですが、その人間の身体を次々と乗り替えて、生き延びてきた意識体がいて、それらにとっての快適な環境が、いまの人間世界ということです。
西洋文明というものが、世界中を植民地化し、神の名のもとに、一部の人間がすべてのものを独占的に所有するというイデオロギーの出発点にあったのが、この宇宙はただひとりの造物主によって、つくり出されたとする一神教の主張でしたが、その神を否定する無神論もまた、その同じ精神文化から生まれました。
その無神論は、この地上で、たとえば共産党の中国のような、目的のためなら、すべての行動は許されるという、人間の価値観の文明圏をつくり、その価値観に、もともと神が好きなアメリカ人の国家もまた、二千二十年に、下ったということなのです。そのアメリカを神の側に取り戻そうとしているのは、日本列島に隠されていた神の仕組みによって発動した神格だということを、やがて、人間は知ることになります。

二千二十一年(神紀元年)四月八日 積哲夫 記

 

今回の光文書に合わせて通信が届いていますので、掲出しておきます。


二千二十一年四月六日(火)十四時三十五分から

神の民を導くものをもたずに
新たな土地を奪ったものものに
神が その土地の権利を預けることが
あるだろうか

神の姿を知らぬものたちに
神と悪魔の区別をつけることが
できるだろうか

おお見よ 女神の灯に 光を運んだものたちは
かつてこのクニで ハヤヒトであったものたちではないか

人民を導くものたちが かの地へ渡り
真の神の息吹を ふきこんだ
それこそが 真実の創造の主を 知るものの
わざであり
契約の箱の鍵を 握っていたものたちの
なりわいである

かの 州の国 とは 神と悪魔のたたかいの場なのではない
(それは二千年前に終わっている、そしてその民はすでに目覚めさせられている)
悪魔と悪魔にならざるものたちとの たたかいの場であったのだと
いうことも わかっていないものたちに

神が その国を開き 託すことなど
ありえないではないか

(アマツツキ)