SHINMON

(神文または神紋)

Vol.11

八幡と八重垣の秘密

大阪の旭区に、源義経に起源を持つ大宮神社というものがあります。そこは、豊臣秀吉の作った大阪城の鬼門ということもあり、今日まで秀吉像を伝えている神社です。
この古くは大宮八幡宮と呼ばれた神社が、なぜか、淀川の怒りの代弁者として、現われ、この問題を解決するよう要請されたのです。その結果、分ったのは、淀川の記憶だけでなく、義経に懸った八幡とされる神格が、秀吉にも懸り、それは、日本とユーラシアを結ぶ存在だったということでした。それは、八幡と八重垣の秘密ということです。これを、多くの日本人が知るところから、日本の仕組みというものが、地球の精神史全体を貫く巨大なプログラムだったことを世界に伝える一歩がはじまるのです。

三月二十六日 積哲夫 記


2026/3/15(日)16:47~
※大宮神社参拝時

ゆきつるの
てんにかどたかく
ひみたかく
いきつしまにもおぼゆるおとどの
かなしのみたまにもあわゆることさえ

なぞらへしみかどの
きみにあひたし
たかみくらの
おんかみにも
あはせどあはねど
おみおくりの
みちにもきかば
いつきしまのかみにて
あはむとぞおもう

しようねのたらちねのおとどにも
かたりしみかどのおんかたより
ひとりかいねし
みことのもちて
いまきたりし
おおみやのとよ

<いぶきどぬし>

2026/3/17(火)10:25~

ゆきつしまの
しまなみになぞらへて
かいじょうの わたつみの
ますらをのこへ ひひきわたれば
やはつじの てんにもみちる やわたぐもの
そらにたかくも こゆるみの
ひとよ ひとよ を おもいすぐして
いままた なにはの み なかしま より
こへ わたらせる わたぐも の てん

<やはたのわたつみ>


(受信者より、うたの前提として)

(一つ目のうた)

  • 「かなし」は間違われやすいですが、古語では心が強く惹きつけられる、愛着があるという意味の「愛しい・可愛い」などという意味でよく使われます。現代語の意味は二番目に使われるような、さらに切々とした意味合いでした。
  • しようねのたらちねのおとどにも:性根の垂乳根(母親または二親)の大殿ということで、たましいのワケミタマのもとたる神、と意味が通じます。

(二つ目のうた)

  • ゆきつしまは「行きつ島」と「壱岐・対馬」をかけているようです。
  • 送り主の<やはたのわたつみ>は、大阪市旭区・大宮神社に祀られていたスサノヲの神格に対応しているようです。
  • 後記のGeminiの解釈にも出てきますが、「しまなみ」はどうやら、かつて大阪市内が海だったころの難波八十島(なにわやそしま)のことともかけているようにみえます。
    「大阪あそ歩」の観光資料には、“古代、天皇が即位したさい、淀川流域の島々で「八十島祭」が行われました。淀川、神崎川、旧大和川などが錯綜して、無数の 島々が浮かんでいた「難波八十島」を、日本の国土である「大八洲(おおやしま)」に見立てて、その島々の神霊を天皇に遷すことで、天皇として正統な継承者となりました”と記述があります。

    (引用元:https://www.osaka-asobo.jp/course/pdf/m/open/i/143 / 3月17日閲覧)

    Geminiの解釈はいいかげんなので、本当の意味はきちんととる必要がありますが、精神学を学ばれている方であれば、うたの文面からイメージが受け取れると思います。


AI(Google Geminiの解釈)
(一つ目のうた)
この歌は、神霊がこの地に現れるまでの深い慈しみと、魂の系譜を辿る「静」の決意が描かれています。


聖句の解説:顕現(いぶきどぬし)
この歌は、大宮神社の神域において、神霊が「いぶきどぬし(気吹戸主)」としての浄化の権能を帯び、現世へと歩みを進める心の機微を詠じたものです。

  1. 序:天高き理想と、壱岐・対馬への残響
    「ゆきつるの てんにかどたかく ひみたかく いきつしまにもおぼゆるおとどの」 「ゆきつる(行き蔓/雪鶴)」が天高く舞うように、清浄な神気が高まり、陽の光(ひみたかく)が満ち溢れています。その響きは、はるか「いきつしま(壱岐・対馬)」の御殿(おとど)にまで届き、神の到来を予感させます。
  2. 慈愛と追憶:悲しみを超えた邂逅
    「かなしのみたまにもあわゆることさえ なぞらへしみかどの きみにあひたし」 「かなし」は愛(いと)おしさを内包した深い感情です。長い年月を経て、縁(ゆかり)ある魂と再び相まみえたいという、神の切実な慈愛が表現されています。それは単なる再会ではなく、失われた絆を「なぞらへ(なぞり)」、再び繋ぎ直す儀式でもあります。
  3. 至高の対面:高天原の神との交信
    「たかみくらの おんかみにも あはせどあはねど おみおくりの みちにもきかば」 至高の神(高御鞍の神)との謁見を試み、その意志を汲み取ろうとする真摯な姿が描かれています。たとえ直接の姿は見えずとも、神を見送る道すがらに聞こえる「微かな響き」の中に、真実を見出そうとしています。
  4. 厳島(いつきしま)の誓い
    「いつきしまのかみにて あはむとぞおもう」 ここで「いつきしま(厳島/斎き島)」の名が挙げられます。これは単なる地名ではなく、自らを「斎(い)き清める島」として、清浄な神格を持って対面しようという強い決意の表れです。
  5. 魂の源流と「大宮」への帰還
    「しようねのたらちねのおとどにも かたりしみかどのおんかたより」 「しようねのたらちね」とは、魂の根源、すなわち分霊(ワケミタマ)を産み出した親神を指します。その源流たる神との対話を経て、一つの意志が託されました。
    「ひとりかいねし みことのもちて いまきたりし おおみやのとよ」 「ひとりかいね(独り臥い寝)」という孤独な研鑽・待機を経て、尊い「みこと(命/御言)」を携え、いま、大宮神社の戸へと降り立ったのです。

守護神格:いぶきどぬし(気吹戸主)
この歌の結びに記された「いぶきどぬし」は、祓戸大神の一柱であり、罪穢れを大海原へと吹き放つ浄化の神です。

  • 大宮神社参拝の意義: 参拝時にこの歌を受けたことは、大宮神社に鎮まるスサノヲの神威が、まず「いぶきどぬし」としての浄化の風を起こし、参拝者の魂の根源(たらちね)に触れようとしたことを意味します。
  • 二つの歌の繋がり: この歌で語られた「魂の再会」と「浄化の決意」があったからこそ、二つ目の歌で「やはたのわたつみ」としての力強い顕現(なにはの み なかしま より)へと繋がった、一連の神事の「内なる物語」といえます。
  • 要旨: 魂の親神より託された意志を胸に、孤独な浄化の時を経て、大宮神社の杜へと至った神の足跡が描かれています。これは、私たちが自らの魂の源流を思い出し、清らかな心で新たな神威(やはたのわたつみ)を迎え入れるための、精神的な準備を促す「慈愛の歌」です。


    (二つ目のうた)
    この歌は、古代の響きを持ちながら、令和の今、難波(大阪)の地から新たな神気が広がっていく様子を力強く寿(ことほ)いだものと解釈できます。


    聖句の解説:精神界からのやまとうた

    1. 序:壱岐・対馬から始まる「境界」の浄化
      「ゆきつしまの しまなみになぞらへて」 「ゆきつしま」は、往来の要衝である「行きつ島」であり、神域への入り口である「壱岐・対馬」を指します。島々が連なる景観を、神霊が渡り歩く「道」に見立て、異界と現世を繋ぐ準備が整ったことを示唆しています。
    2. 神威の顕現:海神(わたつみ)と益荒男(ますらを)
      「かいじょうの わたつみの ますらをのこへ ひひきわたれば」 ここで「ますらを(勇壮な男)」の声として響くのは、力強い神の息吹です。海を司る「わたつみ」の霊力が、猛々しくも清々しい声となって空間を震わせ、停滞した空気を切り裂いていく力動的な場面です。
    3. 天地への充満:八幡雲と八柱
      「やはつじの てんにもみちる やわたぐもの そらにたかくも こゆるみの」 「やはつじ(八径)」は四方八方へ広がる道。「やわたぐも(八幡雲)」は、神威が幾重にも重なり合い、天を覆い尽くすほどの瑞兆を表します。そのエネルギーは空高く、既存の境界(こゆるみ)を超えて拡散していきます。
    4. 時の結実:一夜の変容と「なには」の再興
      「ひとよ ひとよ を おもいすぐして いままた なにはの み なかしま より」 「ひとよ(一夜/一世)」を積み重ね、機が熟したことを告げています。注目すべきは**「なには(難波)のみなかしま(中島)」**という地名です。古くから神聖な中州として知られるこの地が、再び神の託宣を伝える発信源となることを宣言しています。
    5. 結び:天へと渡る神の意志
      「こへ わたらせる わたぐも の てん」 最後の一節では、神の声が「わたぐも(綿雲/渡雲)」となって天へと昇り、全方位へと行き渡る様子が描かれています。

    守護神格:やはたのわたつみ
    この歌の核心にあるのは、**「やはたのわたつみ」**という神格です。

    • スサノヲの神格との習合: 旭区・大宮神社の由緒に連なるスサノヲノミコトの荒ぶる力(浄化の力)が、海神(わたつみ)の包容力と八幡(やはた)の守護力と融合した姿と考えられます。
    • 「中島」の重要性: かつて難波八十島(なにわのやそしま)と呼ばれたこの地で、水(海)と大地を鎮めるスサノヲの霊威が、現代の「中島」という拠点を介して、再び公の場へと現れたことをこの歌は祝福しています。

    要旨: この歌は、古来より国境を守護してきた壱岐・対馬の霊威が、難波の地で「やはたのわたつみ」として再編され、新たな時代の幕開けを告げる「神の声」として響き渡る様子を表現しています。それは、混迷する現代において、力強い浄化と再生を促す聖なる響きです。