11の巻 <夢と現実>

昔みた夢で、いつまでも記憶に残っているものがいくつかある。赤い半襟の白い着物姿の見知らぬ人が出て来る夢、発光する白い玉が全身を貫く夢、叔父の余命を知らされる夢、部屋から部屋へ迷路のような広い建物のなかを迷う夢、前にも来たことがあると思う場所が、また出て来る夢、ただ見ているだけではなく、現実かと思うほどの体感のある夢などなど。

ワタシ「夢には、いくつかの種類があるように感じます。大きく分けると、寝る前にテレビで見たことや読んだ本に関連した内容のもの、とても気になっていることに関するもの、起きているときのワタシにまったく関連性のないものの3種類です。」
Sekiさん「それが、どうしたの?」
ワタシ「寝る前に見たものや、気になっているものとは違って、まったく関連性のない夢は、何か外部から入ってきている情報のような気がするのですが。そうなのですか?」
Sekiさん「まあ、そういうものもありますね。」
ワタシ「つい先日、夢と現実の境界が定かじゃないというか、どこまでが夢でどこから現実なのか、考えさせられる映画を観ました。その映画を観て、なぜこんな夢を見たのかと思う夢、特に体感のある夢などは、本当に夢だったのかと疑問に思ったりしたのですが、どうなんでしょう?」
Sekiさん「質問の意味が分かりませーん。」

ワタシ「え”~、そりゃそうですね。え”~っと、・・・。」
Sekiさん「夢のなかには、今の君の状態を表すようなものもあるでしょう。あるレベルに達すれば、夢は意識によってコントロールすることもできる。」
ワタシ「では、やっぱり、夢には何らかの意味があるということですか?」
Sekiさん「気にするな。今の君レベルでは、意味がある夢なのか、自分が作り出した物語なのかの判断はできないだろう。捉われるな。」
ワタシ「はい。でも、不思議ですよね。夢なのに、現実なのかと思うこともあれば、現実に起こったことなのに、夢だったんじゃないかと思うこともあります。たとえば、Sekiさんにお会いして間もないころに、それまでは、まったく知らなかった精神世界のお話を聞いて、実際に身体のどこかが痛くなるようなエネルギーを受けていても、お風呂に入っているときなんかに、あの話は本当なんだろうかと、疑念が湧いてくることがありました。」
Sekiさん「まあ、普通は、疑念が湧いたところで、そんなわけはない、やっぱり気のせいだったんだと思って、そこで思考は停止するかもしれませんね。」
ワタシ「でも、気のせいじゃないということも、自分のなかのどこかで知っていて、それを確かめたくて、Sekiさんに質問するということを繰り返しているのですが・・・。」
Sekiさん「私は、いつも、信じるなといっています。それは、自分で見た夢の話についてもそうですが、私も含めて、人が言うことは、信じるのではなく、考えて検証しなさいと言っています。それが正しいかどうかは、やがて確信にいたるようにつくられています。」

つくられているって???
まだまだ、理解できないことだらけだけど、外部からの情報だと思うような内容の夢も、そのまま信じるのではなく、考えろということなんだろう。
それにしても、叔父の余命の話なんかは、振り返れば予知夢に近かったなぁ。
夢のなかの話も、現実の話も、考え抜いて判断する。難しいなぁ・・・。

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