タケのバンクーバー通信

歴史から抹消してしまった国防と国益 85
行き過ぎた多様性社会とアメリカの未来

「ニューヨーク市長」と「イスラム教徒」

 北米の秩序は壊れてしまい、過去の常識が通用しない社会へ変わってしまいました。各主要都市でドミノ倒しが起きて、市民は北米の中で自分たちの場所を求めて、右往左往しながら安住の地を求めて大移動が起きています。顕著に出ているのがカルフォルニア州で、かつてはシリコンバレーやIT産業の中心地として、次世代の街として注目されていました。それも、過去の話しになってしまいました。ダウンタウンは、ゴースト化してドラック中毒者とホームレスが増えて治安悪化し、普通の生活が出来なくなり他の州に引っ越す人が後を絶たない状況が続いています。異常なまでの賃貸の高騰と物価上昇が、中間層の生活に直撃をして普通の暮らしが出来なくなってしまいました。さらに、政治は移民・難民の受け入れを促進して、格差社会の拡大と治安の悪化を広げていきました。それは、ニューヨーク市も同じ状況を作り、住宅物価の異常な高騰と物価上昇で、普通に働いていても生活が出来る状況ではありません。

1ベッド・ルーム(日本で言うと1LDK)で、平均65万円をするところに誰が住めるのでしょうか。ニューヨーク市の現実です。
 
 最低賃金が上がったと言っても、庶民が暮らせる街ではなくなってしまいました。その中で先日、ニューヨーク市の市長選が行われ、移民1世のイスラム教徒、マムダニ市長になりました。かつては、カルフォルニア州知事にハリウッドスターのシュワルツェネッガー氏が、移民一世として当選しました。その時は、絶対的な知名度と人気で州知事になり移民一世でも、政治が出来ることを証明し、アメリカは移民でもアメリカン・ドリームがあることを見せてくれました。

今回の市長は、果たしてその時の選挙と同じものなのか?

 全米最大の都市であるニューヨーク市長を、移民1世が政《まつりごと》の長になるのはシュワルツェネッガー氏とは変わらないことですが、かつてのポピュリズム政治とは、どこか違うと見ています。彼の経歴を見ても、ウガンダ生まれで小学校のころにアメリカに渡り州の議員を続けて、そして市長に当選しました。
 政治で庶民生活を豊かにしたいという想いは両者の共通点です。州知事と市長の違いはあるのせよ、アメリカの中心の街の長であることは間違いありません。

 今回の選挙は
「アメリカのダイナニズムなのか?」
 それとも
「既存政治に対しての反動なのか?」

はっきりしない選挙結果だったと見ています。ニューヨーク市民は、マムダニ市長に未来を託していますが、異教を背景に持った人に政治を委託して、問題の解決ができるものなのか? 確かに、マムダニ市長が公約と上げていることは、庶民からすると実践してほしいことばかりです。ただし、なぜ既存の政治家はそれが出来ないのか? 本質はここに問題があると思います。

 アメリカは、ヨーロッパを追うように多様性社会とグローバリズムを柱にして、異教徒のイスラム文化を組み込んで社会を作ろうとしています。これまでの移民国家の実例とは違う、共存社会にアメリカは舵を切りました。その社会実験は、対立する宗教を政治に入れて共存社会の実践を、ニューヨーク市ではじめました。リベラリズム側から見れば、先鋭的で革新的な時代の幕開けでしょうが、ニューヨーク市はキリスト教とユダヤ教が根底を牛耳っている社会です。表面的にはリベラリズムに見えますが、経済と深層の社会はコンサバティブが岩盤になって、民族の激戦の街でもあります。メディアと金融を見てもWASPとユダヤ利権で、がっしりと固められた利権の城壁が、異文化と異教徒を排除してきた歴史の中で作られた排他的な街でもあります。

 さらに、9.11を記憶にしている人たちが多く、イスラム教に嫌悪感と不信に想っている人が多いのも事実です。あの忌まわしい事件を、20数年経ったからといって忘れられるものでもありません。
 日本人は、東日本大震災の悲劇を忘れることは出来ないのと同様に、ニューヨーク市民は深い傷として残っています。あの事件は、天災ではなく民族の衝突で起きた遺恨の惨事で、忘れることの出来ない根深い民族の宿怨《しゅくえん》にもなっています。
 今回、イスラム教徒が当選したことで、これまでの革新的な政治とは喜べない本質が、ここには隠れていると見ています。(誤解をまねかないために、イスラム教徒を批判しているのではありません。アメリカも中東で散々、市民を殺害してきた事実があります。多くのメディアは、報道しない自由で事実を伝えず、中東でしてきたことを正確に伝えていません。9.11のようなことが、中東では日々行われている事実があります。イスラム教徒を非難しているのではなく、事実として対立している異教徒の街に、敵視していた民族が市長になる現象を話しています。いい例ではありませんが、キリスト教やユダヤ教を背景にした人がイスラム教の街で市長になる。<実際はありえない話です> 政治と宗教と市民の関係が、歴史的な人知の積み上げのない人工的な政治を取り上げています。)
 話しは戻しますが、リベラリズムや博愛の精神と現実的な社会問題が、宗教観をボーダレスにしてアメリカ民主主義に、異教の政治家を生み出しました。ニューヨーク市民の側にしてみれば、異常なまでの苦境を変えられるのは、既存の政治家には無理と決断した結果でしょうが、

「人種や民族や宗教を変えて社会が解決できる問題なのか?」

 そんなに単純なものではないと見ています。
 今回、ニューヨーク市民の決断は2つの意味があると思います。

  • 既存の政治家でダメなら、異教徒に改革をしてもらいたい。
  • 白人社会の崩壊。


 前市長は、元警官のエリック・アダムズ氏が4年続けてきました。黒人の市長で、リベラリズムを強く推し進めて政治をしてきた人です。移民・難民を大量に受け入れて、ニューヨーク市を崩壊の一途に進めた人でもあります。
この大きな流れは、黒人のリーダーでダメなら異教徒の人なら、変えられるという「藁にも縋る」想いで決断をしたように見えます。アメリカ人の不思議なところは、オバマ大統領の時もそうでしたが、黒人にすればアメリカは生まれ変わり、新しい社会が出来ると信じていたことです。結果的に、黒人差別はなくならず良くなるどころか悪くなりました。

 今回のニューヨーク市長の決定は、アメリカ社会の深刻な事態の幕開けのようにも見えます。これまで宗教的に敵対していた民族を、全米最大の都市の市長に据えて、アメリカ民主主義をすることを決定したからです。

 これまでの国家間の闘争は経済が中心でした。日本にせよドイツにせよ中国にせよ、貿易摩擦と経済対立で物質の序列の争いでもありました。そして、アメリカが常に覇権を握り経済戦争では勝ってきました。今回は、精神と宗教の闘争であり、異教徒がアメリカ民主主義に勝ちました。そして、市の政《マツリゴト》にイスラム教徒が入り、歴史にないアメリカ民主主義がはじまろうとしています。他民族や異教徒を覇権で牛耳っていた国が、内部から崩壊がはじまっています。これまでにない民族生存競争が、精神と宗教の内戦がニューヨークで火ぶたが切られました。
 日本は、高市政権が誕生して日本外交にばかり注目をしていますが、地球の裏側ではとんでもない民主主義がはじまろうとしています。

ハリウッド映画から学ぶ
 
 かつて、ハリウッド映画で「ギャング・オブ・ニューヨーク」という映画がありました。この映画を、民族観や宗教観というフィルターで見ることで、アメリカの歴史を垣間見ることができます。

デカプリオとキャメロン・ディアスが主演の映画で、舞台は1800年代のアメリカの民族闘争を描いた映画であります。20年前、軽い気持ちで単純な歴史的ラブ・ストーリーだと思って見始めました。しかし、内容はグロテスクで狂気じみた映画で、途中で断念をしました。それから、数年経ちアメリカ史を理解して、この映画を見たら20年前とは違った映画として見ることが出来ました。
アイリッシュとアングロサクソンの殺戮と宗教対立の中で、人が生きていく姿が描かれた映画になっています。民族と宗教の違いが、これほどまでに人を殺めることを平然と行う民族生存競争の時代が、200年前のアメリカにはありました。宗教対立から民族の均衡バランスの社会になり、いまのニューヨークの平穏な街が出来上がりました。歴史的背景をみると、新しい異教を入れることが、この街の得策なのか考えさせられます。ニューヨークという街の歴史は、宗教対立と民族の闘争が根底に流れています。いまは、世界一の金融と娯楽の街になり、史実が想像出来ない街にのし上がりました。
今回、イスラム教が入ることで、多様性社会の共生がはじまるのか? それとも、殺戮と縄張り争いになるのか? 
 後発のアイリッシュ移民が、苦しんで民族の生存競争で自分たちの縄張りを作ってきた姿と、これからはじまるイスラム教徒移民がダブって見えてしまうのは、私だけでしょうか。

多様性社会とリベラリズムの正体

 ニューヨークの街は、日本の人たちは注目をしてみておく必要があると思います。マムダニ市長が、街の立て直しが出来なければ宗教対立が生まれて、街全体が内戦の状態になって行くでしょう。さらに、同胞を優遇する政治をすれば、イスラム教徒が増えて北米のエルサレムになって行きます。
 すでに、ヨーロッパはスェーデンやイギリスやフランスでは、イスラム教徒が増えて街が崩壊に向かっています。ロンドンは、「ロンドンスタン」と言われるほどイスラム教徒が増えました。ヨーロッパは、行き過ぎた「多様性社会」で国を亡ぼす1歩手前まで来ています。
 ニューヨークもその後を追うように、イスラム教徒の大移動がはじまっていくでしょう。同胞が、市長になればそこに民族が集中していきます。必然的に、民族タウンが出来て民族の縄張りと経済圏が出来上がります。
 そこには、民族と宗教の対立が起こり民族間の生存競争がはじまります。ギャング・オブ・ニューヨークのように、修羅場に化していくでしょう。その時に、多様性社会とリベラリズムは幻想世界と桃源郷であった事実にやっと気づくのかもしれません。
 Vancouverから北米を見ていて社会の崩壊の発端は、チャイナ・マネーと中国人移民からはじまりました。これまでは、元凶の民族を叩くことで解決をしてきました。しかし、多様性社会を進めることで民族の締め出しが出来なくなりました。かつては、ドイツ人と日本人を叩けば覇権を取ることが出来ました。しかし、今回の中国人とチャイナ・マネーは、これまでの覇権戦争とは違うものになりました。中国は、チャイナ・マネーを上手く使い白人階層を裕福にさせて、中国叩きが出来ない状況を作り民族移動に成功しました。
 中華民族の北米進出は、北米の政治家を取り込み人と悪貨(チャイナ・マネー)を上陸させ、北米の庶民の格差社会を深刻なものにしました。いま、その解決を有色人種や異教徒にさせようとしているのが、アメリカ民主主義です。そして、リベラリズムを使って一般庶民を騙し、国民の分断化をしています。この多様性社会・リベラリズムの本質は、知らぬうちに庶民が民族の闘争と貧困社会に引き込まれていることです。人類の大きな流れの結果は、1~2年では見ることは出来ません。この異教の政治介入は、どのような結果になるかは、5~6年後にしかわかりません。
 果たして、日本はどこに進もうとするのか問われています。

Takefuyu|note