タケのバンクーバー通信

歴史から抹消してしまった国防と国益 77
「リベラル」に侵された日本
選挙から見えてきた「リベラル」と「保守」の戦い。

 
今回の選挙を見ていて、これまでの古い選挙とは違うものになったのは、海外から見ていても伝わってきました。

 それでも、いつまで日本国が存続できるか? 

 微妙な状況になっていることは変わりません。北米社会も民主主義が機能せず、民の生活が壊れていっていますが、日本もそれを追うように政治が機能しなくなっています。今回の結果を見て、一番喜んでいるのは日本を侵略しようとする中国や朝鮮半島や北米のグローバリスト(日本を属国にしようとする勢力)で、彼らが、つぶさに見ていることは間違いありません。

 自公政権の大敗は解っていたことですが、自民党の保守層の人たちが、ほとんど落選したことによって自民党の瓦解がはじまってしまいました。個人的には、いまの自民党の体制は壊れるべきして、壊れていると思っていますが、

その受け皿は、どこの政党がするのか? 
仮に自民党が、政治機能しなくなった時に誰が運営をしていくのか?
 
政治の空洞化が起きて、さらに悪化していくような気がしています。財務省を中心に、国力を弱める政策をし海外から日本の国を浸食する勢力が、より占領しやすい状況を作っていくことは、目に見えています。その中で、内からも外からも政治の空洞化をどのように阻止していくのか? 自民党が弱体しても、無防備な状況になっているのは間違いありません。
 今回の選挙でスクラップは、明確に見えたのですが、ビルトはどこにあるのかが見えてきません。(スクラップ&ビルト:scrap and build のBuildが政治の再編から見えてこなかった。)政治は、両方セットで見なくてはいけないと思っています。議席を伸ばした野党も、何をBuildしていくのか、明確に示している政党はほとんどありませんでした。
 
 自民党を擁護する気はありませんが、党内での部会の存在は大きく役人と議員で情報交換や指針を決めて、「国づくり」をしてきた体制は日本の背骨でした。それが、なくなってしまったら、国家運営の空洞化が起きてしまいます。
 そうすると、外国勢力が日本の心臓部に入り、日本人の財産(公職追放された人)や文化を取りに来ることになります。実際、今回は外国人流入問題が争点になりましたが、これから経済対策にしても軍事対策にしても、対外的な国政をしていかなくてはいけなくなります。今回の選挙で、日本の民族観や国家観を語る政党は、日本保守党以外はなかったような気がします。いま日本の政治に必要なのは、明確な日本人の死生観(生活空間)を言霊にする政治家だと思っています。
 日本の危機は、政治家で国家観を持って日本の政(マツリゴト)をしている人が、ほとんどいないことです。各論では、支持団体や支持者に還元されることを言っていますが、すべてが小粒で党利党略に近い政策で、国の繁栄に繋がる話しではありません。世界は、いままでの平穏な世界情勢ではなく、これまでの常識が通用しないカオスになっています。加えて、世界同時大不況が起こっているので、国の舵取りはより厳しい状況になっています。日本では、インフレ問題が米騒動で火が付きましたが、世界各国は3年前から食料の物価上昇の危機は起こっていて、経済は壊れています。どの国も、庶民生活を守り国の立て直しをしないと、自分たちの国と国民が滅んでしまう危機になっています。世界は、民族生存競争の中で熾烈な生き残りの戦いが繰り広げられています。

 その状況を政治家は、国民に綺麗ごとばかりを言って、リアリズムの世界を伝えてきていません。いま、北米の移民問題の本質は、自分たちの生きる場所を求めて難民としてアメリカに移住してくる人と、アメリカ庶民の生存権の戦いでもあります。移民難民問題は、エスタブリッシュメントが国家観や民族観は全く持たず「難民や移民の生存場所を確保してやればいい」という、責任のない人道的モラル(偽善)を主張するリベラリズムからなっています。異文化を入れるという問題は、先住の国民と移住者たちの価値観の衝突でもあり、生存権の縄張り争いでもあります。それが、国の法では収拾付かなくなってしまっているのが北米社会です。日本では、やっと中国人やクルド人によって表面化しました。(不動産を買いあさり、技能研修者や留学生として入国して、民族の大移動が始まった。)しかし、それはすべて表層的なことで、これから本格的な他民族の合法的な民族大移動が始まります。その時に、国民が国家観や民族観を持たないと、国の姿勢が持てずに他民族に支配されていくでしょう。その間に、民族間の衝突が起きて「血を血で洗う争い」になっても、いまの日本人の精神では勝つことは出来ないでしょう。
 移住者も自分たちの国では生きていけないので、どんなことをしても生き延びたいという「生命の叫び」でぶつかってきます。彼らにとっては、生死をかけた人生の戦いで、他国でも生きる「生存権の果たし状」を日本人に突き付けています。単純なリベラリズムの人道理念だけで判断をすると、北米社会と同じ道をたどることになります。ボーダレスと民族観の障壁をなくしたときに、日本人(リベラリズムを持った人)が考えているような多様性社会と多様文化にはなりません。

 私も外国に移住して長くなります。移住者の立場で、北米で起きている現象を見てきましたが、先住民が新住移民(造語:新しく入ってきた移住者)との溝が2000年以降から壊れていきました。かつてあった、古き良き地域社会には戻らず、自分たちの想いとは乖離した故郷になってしまいました。地元で育って子供が、そこに住みたくても住めない社会は、どこか社会システムが壊れています。

 リベラリズムの怖さは、「みんなと仲良く」「民族の価値観を超えた共存社会」という言論空間の綺麗ごとが、現実とは違う世界観を植え付けて、事実の価値判断(リアリズムの価値判断)が出来なくなる装置になっています。歴史からの英知を見ずに、「多様性」という言葉のスイッチが、リベラリズムとグローバル社会の肯定する思考回路になっています。そして、若いときから現実を見せない教育をしてきました。
 そこで、歪な世界観を若い人たちに植え付けてきました。民族間や宗教間の違いは、先住民と移住者の憎悪を生む火種になっています。この事実を、誰も話そうとはしません。ヨーロッパや北米で起きていることは、他民族を流入したことによって、自分たちの民族観が希薄になって道徳規範が変わってしまい、死生観が変わってしまいました。
 いま、世界の大きな問題は世界大不況が起こっていること同時に、グローバリズムという民族や国家を無にしたところに、資本を持った人が入ってきて、他民族を支配する構造を作っていることです。長い月日をかけて作り上げた生活空間を、一瞬で破壊して住民の生存権を奪う社会にかわってしまいました。日本でも同じ問題が起き、アメリカでも同じ問題が起きています。
なぜトランプ大統領がうまれたのか? 
アメリカン・ファーストの意味は、ここにあります。
グローバリストが使う報道しない自由
 今回のロシアとウクライナの問題にしても、単純なロシアの侵攻という話しではありませんでした。ロシア人とウクライナ人の民族間には、長年の溝がありました。そこに、グローバリストと紛争で金を儲ける人(武器商人)たちが、火をつけて一瞬で国家間の戦争に発展させて、「ロシアの侵攻」という言葉のデモストレーションをして世界を席巻しました。「ロシア悪」というレッテルは、西側諸国(CIAなどアメリカの情報機関)の情報操作によって、世界を洗脳して巨額のお金を動かしました。
 ウクライナ問題は、何年も前からウクライナ人によるロシア系ウクライナ人の殺戮があり、両者でないと解らない民族の深い問題がありました。しかし、西側諸国の偏向報道によって事実は隠されてきました。これによって、プーチン大統領が同胞を助けるために軍を侵攻させて、ロシア民族を守る決断をしました。その経緯は、何も報道されませんでした。

 西側陣営の報道は、プーチン大統領の独裁と軍事侵略という言葉だけが、一人歩きをして事実とは乖離したものになってしまいました。そして、各国は世界秩序を守るために、ウクライナ支援で巨額の資金と軍備を送りました。しかし、その資金は何に使われて、どこに行ったのか誰も解りません。日本も岸田政権下で、莫大な資金を援助しました。
 別の民族間の問題は、ミャンマーのロヒンギャ民族の問題があります。かつて、英国はビルマ周辺にイスラム教のロヒンギャ民族を移住させました。突然に移住したロヒンギャの人たちは、先住民とは同化できず民族間の対立が深まり、いまも民族戦争が絶えず起きています。ミャンマーとバングラディッシュの国境を行き来して、民族間の溝は埋まることはありません。その事実を見れば、多様性社会がユートピアに繋がるかは、誰も解りません。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%92%E3%83%B3%E3%82%AE%E3%83%A3

歴史から学び「民族観の復活」と日本の「死生観」を蘇らせる
 これからはじまろうとする闘いは、保守と名乗っていながら少しずつ、形を変えてリベラリズムに寄せていく歪な保守の出現です。2025年以降は、精神の戦いになっていくと見ています。特に、「民のかまど」の精神とリベラリズムは、表面上は似ていますが本質は全く違うモノです。戦後直後に、社会主義・共産主義思想が日本人の心に何も抵抗なく、その価値観が浸透していきました。敗戦の不安定な心情とGHQの洗脳政策で、日本人は一瞬で国家観と民族観を捨ててしまい、心のよりどころに社会・共産主義が日本人の精神と共存がはじまりました。このイデオロギー(弱者救済)は、日本人の精神性の中にある「民のかまど」と同じ精神と信じて、何も抵抗なくその価値観を入れてしまいました。そのイデオロギーを信じた者は、天皇システムを否定したところから、イデオロギーだけを入れてしまいました。
 しかし、80年間の時の流れの中で、日本のオリジナルの価値観とは「似て非になるもの」であることに気づき始めました。社会・共産主義は、権威や権力を維持するために排他的な社会にしていく構造になっていました。それは、ソビエトや中国を見ていればわかるように、権威と権力を特定に集中させて権力者を作り、反対する者はすべて排除してきました。排他的な社会は、権力者に否定するものを殺害し、カタチを変えた独裁社会を作ってきました。そして、リベラリズムは現代のカタチを変えた社会・共産主義です。

 2025年から始まる政は、日本民族の体と精神の一致の時代がスタートします。その時に、表層的な「多様性」「西洋の平等社会」という言葉に、惑わされず日本独自の民族観と国家観の取り戻しの時代がはじまります。

 今回の石破首相の生き様は、日本民族の神髄を否定する行為であり、保身まみれの無様な姿に、多くの日本人は驚愕しました。そして、2代にわたる岸田・石破政権のリベラリズムと保身しかない首相を目の当たりにして、日本人の魂はこれではないと確信しました。この2人は、敗戦後の集大成だと思っています。保守の皮を身に付けた、脳みそはリベラリストという「エセ保守」であることが解ってしまいました。

 本来日本は、「わたくし心を捨て、民の幸せを祈る」まつりぬしとしての天皇システムの上に社会が成り立っています。「民の幸せを祈る」神道の大祭司が、日本民族のみこころになって、庶民がおおらかでゆたかな世界観で生きられる空間を作っています。保身まみれの権力者に、拒否反応を起こすことは、日本民族のまっとうな価値判断が機能している証拠です。日本文化は、穀物神の末裔である今上陛下の下で、日本人の生活空間があり、長い歴史の中から作り上げてきた「民のかまど」の精神をもった特別な民族です。今回の選挙は、それが露呈した選挙でした。

Takefuyu|note