歴史から抹消してしまった国防と国益 84
壊れゆく北米社会

 
 北米は、景気が年々悪くなり失業者が増えて、これまで見たことのない状況になっています。店を閉める人は、増える一方で街中はいたるところでFor Lease(テナント募集)のサインが出る景色に変わってしまいました。3~4前とは考えられない状況になり、すべてが一転してしまいました。かつては、空き店舗があるとすぐに埋まり探すのが難しい時代でした。たった数年で、ここまで常識が一変するとは、誰も想像をしていなかったと思います。リーマンショックを含めて、いくつもの景気変動がありましたが、今回は未だ経験をしたことのない状況になっています。今年に入ってからも、バンクーバーの景気はさらに悪化し、ものすごい速さで庶民生活を圧迫しています。物価は上がり仕事が無い状況は続き、一般生活はどんどん厳しくなる一方で、先の見えない状況になっています。
 去年までは、外食産業や路面店の不景気が注目されていましたが、いまはあらゆる産業でレイオフや解雇になる人が後を絶ちません。営業を続けても先がないということで、前倒しで会社を畳む人も出てきました。
 これまでは、職種を選ばなければすぐに決まりましたが、それは過去の話しで店員(比較的すぐに採用されていた)の仕事に就くことすらできない状況になっています。あらゆる場面で秩序が壊れて、先の見えない状況になっています。
 下のデータは、民間会社がカナダの倒産件数を出した表です。(ここでの記事によると、2024年1月までの12か月間で、企業は5,238件の倒産申請を行った。これは前年同期比で49%増加している。)

倒産件数

 さらに、トランプ政権の関税戦争をしたことで、アメリカ人の観光客が激減しバンクーバーの基幹産業(ホテル産業と外食産業)を直撃して、不景気は加速し街そのものが沈んでいっています。(今年のサマーシーズンを見ていて、外国人の観光客もお金を使わない人が増えて、どこのレストランも売り上げが前年の3~4割は落ちている状況になっています。ほとんどの旅行客は、ファースト・フードや安い店に行きお金のかからない旅行をするようになりました。)その悪循環が、労働時間のカットやレイオフに連鎖して、負のスパイラルになっています。
 夏の忙しいシーズンに稼げなかった店は、冬は越せるほどの耐久力がなく、廃業をする店が12月から表面化していくと見ています。
 少し蛇足ですが、YouTubeなどでメジャーリーグの観戦を取り上げて北米の実態を映像化していました。しかし、あの世界は北米でも特殊な世界で一般社会ではなくなりました。大谷選手の活躍によって、日本でもドジャース戦が映し出されますが、あの観客は一般庶民の景色ではありません。イチロー選手の時代は、$20~30で観戦が出来ました。大衆の娯楽でした。いまは最低でも$45~$70(5000円~12000円)の金額になっていて、あのドジャーススタジアムに来ている人たちは富裕層で、かつてのような気軽に行ける娯楽ではありません。加えて、ホットドックが1200円・ビール2900円もするところに、一般庶民は入ることは出来ません。野球ですら、特権階級の娯楽になってしまいました。北米は、この数年でこれまでの社会とは別モノになってしまいました。

「文化の浸透の完了」の先にある次の世界
<日本の包丁が頭打ちになる時代のはじまり>

 去年は、レントが40%も値上がりすることになり、大家との交渉でもめて店を閉めることを決めました。バンクーバーの景気も悪くなり、日本の包丁の販売も頭打ちに近づき、いままでのようなビジネスではいかないと考えていた時でもありました。加えて、北米の景気がどんどんと冷え込み、ラグジェアリーが売れなくなってきている時代になってきました。日本の包丁は、今までのように販売が続くのか疑問に思っていたのと、ビジネス・モデルの転換期だと考えていた時でもありました。(日本の包丁は、生活必需品と同時にラグジェアリー品の要素を持った、2局の顔を持った面白いモノであることは間違いありません。外国人が日本の包丁を持つことが、「食通の証《あかし》」になり食のステイタスでもありました。このステイタスが、日本の包丁が世界でブームになった本質の意味です。包丁業界でも多くの人は、その意味を解っていて販売していた人は少ないと思います。ただのブームだけでは、こんなに長く販売は続かなかったでしょう。
 日本の食文化の浸透は、道具の世界にも波及して刃物文化にもいきました。さらに日本の包丁文化は、侍や忍者のウェポンの魅力(刀文化)とも同化して、彼らの中に神格化されてラグジェアリーになりました。ここに、「文化の浸透」がありました。

 ただそれも、景気の良い時代の話しで北米社会の中流家庭が崩壊している中で、日本の包丁を持つことすらできない人たちが増えていっています。これから、日本の包丁業界も今までのように、右型上がりの販売が続く時代ではなくなっていくでしょう。日本の過去は、バブル以降日本の包丁はほとんど売れない時代が続きました。それに匹敵する時代が到来します。刃物業界は、長い間後継者不足が続き苦労をしてきました。いま、その問題は克服して若い世代が職人を目指して、包丁の世界に入門してくる人が増えるようになりました。しかし、2026年から刃物業界も不景気の波が押し寄せてきて、売れない時代がはじまってきます。そのときに、新たな試練と闘いがはじまります。

三徳オフィスの新たな闘い

 去年5月から、1年間店を閉めて今後のことを考えていました。閉めた理由は、レント40%上がったことに加えて売り上げが落ち、先があるのか真っ暗でしかありませんでした。

包丁ビジネスが、オワコンになってしまい淘汰されていくか? 

 そんな懸念も頭によぎり、多角的に捉える必要があると思い、冷却期間を置いてバンクーバーのマーケットを再度調べるところからはじめました。
 店を閉めてから、多くのお客さんが砥ぎのサービスや販売をしてくれとの連絡が絶え間なく入ってきました。しばらくの間、店を閉めていたのですが、お客さんたちの想いや包丁文化の可能性が、自分の想いとは違うところにあることを知り、再度店舗を構えてスタートする気持ちになっていきました。
 やはりこのビジネスは自分だけのモノではないと感じ、新たなコンテンツを加えてスタートをすることを決めました。三徳オフィスの大きなテーマは以下の3つに絞り込みました。

  1. もの作り文化の復活
  2. 異国で日本民族の精神の闘い
  3. 文明の衝突


これを柱にしながら、「北米で日本文化の復活」をテーマにして再スタートをはじめました。詳しいことは、追々話していこうと思います。

「物件探し」と「内装」
 まずは、ネットで検索をして自分の条件に合った物件を何件か回るところからはじまりました。その中で、一番理想に近いものを選びました。
(機会があれば、海外で開店するノウハウは公開しようと思います。)

 そして、内見はこんな状態でした。以前の店は、ウナギの寝床のような入り口は細く使い勝手の悪いヘンテコな形だったので、今回は理想の形でした。面積も以前よりも2周り大きくなり、多角的なビジネスが出来るスペースになりました。
 この図面を基にして、どのように配置していくか?
 そして、搬入が始まりました。引っ越し嫌いの身としては、最悪の状況でした。気の遠くなる世界で、いつ終わるのか? 滅入る気持ちを奮い立たしながら、1つ1つ片付けがはじまりました。
 以前使っていたショーケースなどを使いながら、プロを使わず一人でデザインをしてDIYしました。普通は、プロを頼んで内装をするのですが、何か自分でも出来るという不確かな自信で、DIYのYouTuberなみにしてしまいました。工期が決まっているのではなく、誰にプレシャーをかけられるわけでもなく、ただひたすら片すだけ。
 今回は、最大のテーマは販売よりもメンテナンス。このスペースで、どれだけキャッシュ・フローをさせられるのか?
 もの作りの原点にかえって、砥ぎのスペースに力を入れました。
ただ、これも一人でDIY

砥セクションの骨格
 少しずつ見えてきた全容。要した時間は、2週間。しかし、まだまだ先は遠し。いつ終わるのか?
 
店の全貌が見えてきた状態

 日本製の中型の砥ぎ器は、今回も欠番で下の棚に収容。次のビジネス・モデルの時まで欠番。
 店もやっと完成か? 内装をやっている間に、何人もの人が来店して砥ぎのサービスや新調してくれる人が来てくれました。まだ、開店していないのに感謝としか言いようがありません。不思議なのは、WEBや宣伝もしていないのにどこで情報を手にしているのか? ロケーションが変わっただけで、気の流れが変わったのか、まだまだ日本の包丁の伸びしろがあるのかもしれません。いずれにせよ、これからは売れる時代でなくメンテナンスの時代に突入すると見ています。
  
「無謀な挑戦」の先に真理があるのか

 まさか自分の人生設計で、新しいロケーションで店を持つとは考えていませんでした。孔子は論語で、「天命を知る」と言いましたが自分の人生は、行き当たりばったりで、格言とは程遠いものです。海外生活は、その時の状況と駆け引きで人生がつねに綱渡りの状態です。それは、海外に住んだ人は誰も共感できることだと思います。いま日本で、リストラや自分の人生が見えないなかで、もがいている人と全く変わらない立場です。自分は特別だとは思ってはいません。ただし、心構えとして常に最悪な状況を想定しながら人生を送ってきたことは、日本の同世代とは違うかもしれません。同年代で、不安や先がない人生を憂いている心境は、国境を変えても同じです。むしろ、海外の方が生きることは厳しいかもしれません。言語の問題や文化の違いが、生活に密着しているので、「日本の常識は世界の非常識になり」「世界の常識は、日本の非常識になり」この関係が想像以上に精神的にこたえることがあります。
 50歳を超えても新たな挑戦が出来ることは、天命(固定観念に縛られない思考。運命)なのかもしれません。今回の三徳のプロジェクトは、同世代の人たちにも「日本人の生き方」を問いたいと思っています。

 同世代が希望を失い自虐的になり、先が見えないとされていることが本当なのか?

 その問いかけでもあります。日本人の勤労精神とモノ作り精神が、噛み合うと新たな人生が開けていく証明をしてみたいと思っています。
 北米は、景気低迷で日本よりも経済は大変な状態になっています。はたから見たら、「無謀な挑戦」でしかありません。

世界が激動する中で、日本人の精神界が世界と衝突して、新たな時代の幕開けになるのか? 

自分の体を使って実験をしてみたいと思っています。
Takefuyu|note