歴史から抹消してしまった国防と国益 79
世界で戦う日本人 <日本の伝統医療編>(上)

日本は、総裁選が終わり新しい日本の国づくりがスタートしました。「世界で戦う日本人」と題して、異文化と多民族の中で奮闘しながら生きる姿を紹介していこうと思います。そこから見えてくる、日本人の働き方と仕事観を海外のフィルターを通すと、どう映るのかを一緒に考えることが出来たらと思っています。 

 他民族の労働観を通すことで、日本の労働や仕事術が違って見えて、苦役や大変というモノから違う価値観に変わっていきます。加えて、新たな生き方や人生観にも繋がっていきます。

 敗戦後の教育と労働のセットは、「日本の民族と文化」とつながっていた労働史観なのか? 
(マルクス経済の労働史観とは、別の角度から見る。)そろそろ、検証するときに来ています。日本は、戦後に作られた既得権と歪な社会システムによって金属疲労を起こして、「日本人の精神」と「社会」が繋がらない空間にしてしまいました。これを、どこかで取り戻さなければ、国も民族もバラバラになって空中分解していくでしょう。
 世界は、グローバリズムと新自由主義の中で、各国は自国を守るために文明の衝突がはじまり、それぞれの道に進み始めています。その中で、日本人はどこに労働の価値と死生観を持つのか、日本も問われています。
 
<カナダの医療機関でもわからなかった難病を、たった一人の整体師が見つける>

 20年前になりますが、私にとっては人生の大きな岐路で、苦い経験でもありました。その当時、バンクーバーでは日本人が、カナダ人経営の飲食関係に仕事に就くことは稀で、多くの日本人は海外に出ても、日系の会社(ジャパレス:寿司屋)で働くのが当たり前でした。加えて、カナダ人経営の仕事も、ほとんどありませんでした。日本のバブル経済がはじけて、日系社会がどんどんと廃れ、日本人の会社や店がつぶれていく時代でもありました。永住権を取った多くの日本人は、撤退して日本に帰りました。そんな状況を目のあたりにして、どうするのか大きな岐路に立っていました。そんな中、日系の友人からカナダの会社の転職の話しが舞い込み、千載一遇の機会と思い転職をしました。はじめは、外国人になめられては駄目だという想いで、がむしゃらに働きました。言葉でのハンディがあるので、負けたくないとの思いで同僚の2倍の仕事量はしていました。肉体労働だったので、言葉の障壁は少なく仕事量では圧倒していました。そこで、信頼と信用を勝ち取ってきました。しかし、3年ぐらい経った時に体に異変が起こり、腕が痺れて上がらない病気になりました。はじめは、筋肉疲労と肩こりぐらいに思い、半年以上は我慢をして仕事をしていました。

 その我慢が、限界に達してついに片頭痛と手のしびれが始まり、さらには就眠中に胸部に激痛が走り、疲れているのに飛び起きる症状まで出てきました。これは、ただ事ではないと思いクリニックに行くことを決断しました。

 やっと診断にこぎつけたのですが、自分が思っていたこととは違い、筋肉痛と過労と運動不足とされました。そして、痛み止めの薬とフィジオセラピー(体を動かすリハビリジムのような場所で、スポーツジムのような機材が置いてあり公的な医療システムになっている。)という、治療からはじまりました。レントゲンを撮って診断されましたが、何も問題がないということで、2~3ヵ月痛み止めの薬と軽い筋トレのようなリハビリを続けていました。(カナダの医療システムは、複雑で予約をしないと見てくれないので、予約をするだけでも1~2週間はかかります。日本のように、専門医に診てもらえるシステムにはなっていません。とにかく、大変です。)

 当初は、プロが言うのだから自分の勘違いと思い、先生が言われるがままそのプログラムを続けていました。しかし、どんどん悪化していくのが自分でもわかり、これは普通ではないと想い始め、治療法を変えてもらうよう懇願しました。そして、次に「マッサージ」や「はり」などの治療にも回されました。そこで、専門家の見識と原因を聞いても、誰もまともな答えは返ってこず、痛いところを重点的にほぐす療法をしました。
 自分の中でも違和感を覚え、カナダの医療システムは原因や病名を明確にしないで、治療することに不信と苛立ちがありましたが、言うがままに従っていました。そして、先が見えない治療は、日増しに痛みがどんどん増して、異常な状態に変わっていきました。数ヶ月後には、さらに腕から首にかけて痺れが止まらなくなるほど、事態は悪化して最悪な事態になっていきました。首を少し動かすだけで激痛が走り、首を動かすことも出来なくなっていきました。その激痛の中でも仕事を続けて、担当医は筋肉疲労と運動不足という診断を出し続けました。

 治療を始めてから3ヵ月たっても悪化するだけで、医師に対しての不信があっても、何も反論することが出来ず、激痛の苦しさと生活の不安が頭の中をぐるぐると回って精神的にも参っていました。完治する兆しがない激痛と、先が見えない明日が、絶望という暗澹でしかありませんでした。仕事もいつまで出来るのかわからなかったので、収入面でも不安が、さらに気持ちを落としていきました。これから、異国でどのように生きていくのか、まったく見通しのない人生が始まりました。
 何度もクレームをあげても、医者は原因や病名を、まともに答えてくれず、薬とフィジオセラピーを中心とした治療を続けるばかりでした。

 <日本とカナダの治療の違い>

 カナダでの医療を受けたときに感じたことは、患者が先生に注文を付けて治療をしてもらう、ディール‟Deal”の世界でなっていることに気づきました。そして、何度もクリニックのドクターに、症状がおかしくなっていることを伝えたところ、数ヶ月後にスペシャルドクター(専門医)に回されました。しかし、そのドクターもレントゲン診査と問診と触診をして、「筋肉疲労と仕事にしすぎ」という診断でした。この時には、絶望しかありませんでした。専門のプロが見ても、同じ症状しか言わず治療法が間違っていることも指摘しませんでした。
 少し、カナダの医療機関について話します。カナダの医療は、日本とは違い自分で専門医に行くことが出来ません。はじめに、ファミリー・ドクターという自分の専属の医者か、クリニック(誰でも診てもらえる医者)に行って病気を診てもらいます。その医師が、広く浅い医療の見識で診断と大きな方向を決めます。そこから、どのような治療法をしていくかを采配していきます。多くの場合は、抗生物質と痛み止めの薬で数週間様子を見ます。(私の場合は、痛み止めの薬と簡易な治療(リハビリのような治療)とレントゲン診査しかしませんでした。)それを一定期間試して治らない場合は、次に専門医に回すシステムになっています。専門医に回されるまでに数ヶ月かかり、治療が始まるまでに悪化することも多分に起きます。カナダは、先進国で先先進的な社会のように思っている人は多いと思いますが、日本の医療システムに比べたら雲泥の差です。多くの日本人は、当たり前と思っている日本の医療は、他国では普通には出来ません。それだけ、恵まれた医療システムが日本にはあり、世界トップレベルの医療システムになっています。治療費は安く、すぐに専門医に診てもらえる医療システムは、他の国にはないでしょう。昨今、外国人が日本の医療を受けるのは、ここに理由があります。日本人には当たり前と思って医療システムは、外国人には非常に貴重な病院システムになっています。すぐに診てもらい、正確な診断をしてもらえる病院システムは、世界の中でもダントツ・トップクラスです。欧州や北米の観光客が驚くのは、親切ですぐに診てもらい信用性があり安い日本の病院は、外国人が安心して診断してもらえるから、また来たくなるのはここにあります。いま、日本では中国やアジアの人たちは、その日本人の優しい良心を逆手にとって、日本の医療を壊しに来ています。この問題は、移民問題と外国人問題とつながっていて、日本人の良心をもてあそんでいる外国人に対しては、それなりの対応をする必要があると思っています。(この件は、カナダの医療機関と絡めて別の機会に書きます。)

 話は戻しますが、そして、最後に紹介されたのが、カナダでは正規の医療機関に入っていなかった、日本の整体師の小崎先生の「操体カナダ」でした。散々に医療機関のたらい回しをされて、肉体的にも精神的にも疲れて、激痛だけが残る状態で、何が事実なのかわからず人間不信になっていました。これで、ダメならば日本に撤退することも考えていました。半分諦めた状態で、この先生を最後にしようと思って、総体カナダの門をたたきました。その施実方法は、日本の「ほねつぎ」をさらに医療的な療法で施実していく治療で、バンクーバーでは1人しかいない特殊な治療法をする先生でした。小崎先生との出会いは、そこからはじまりました。

https://jp.sotaicanada.com/

 初めの診断は、問診と触診をして、少し体をねじったりする体操のようなことをしました。はじめは、不思議なことをすると思いながら先生の言われるがまま体を動かしました。そして、最後に先生は病名と何が原因かを説明してくれました。これまで何か月もかかって、何人もの専門医に診てもらって答えなかった病名を、一瞬で小崎先生は病名を導きだし、治療して直るものかも答えてくれました。この時の思いは、今でも忘れることが出来ず、一瞬にして明るい兆しが見えた瞬間でした。
 何ヶ月もカナダの医療機関をたらい回しにされ、いくつもの専門科が答えなかった病気を一瞬にして解明し、小崎先生の診断方法に驚きました。この時に、日本の伝統医療と西洋医療の違いを考えるきっかけにもなりました。

 さらに、カナダでの治療をスタートしてから、「悪化しているのはなぜか?」という問いも、明確に教えてくれました。

 オールカナダの治療チームが、莫大な時間と労力を費やしてもわからなかった病気を、たった1時間でその先生は突き止めてしまいました。
 ちなみに病名は、「頚腕症候群」というもので、この症状はレントゲンでは発見が出来ず、神経のダメージはMRIやSTスキャンでないと発見できない病気だそうです。専門ドクターが、レントゲン写真を見て判断していること自体が、滑稽な診察でした。それぐらいに、カナダの治療法は遅れた次元での治療をしていました。
頸肩腕症候群 – Wikipedia ja.wikipedia.org
  
 これまでの治療は、筋肉を揉んだり肩を動かしたり、痛みの中心を押したり揉むことを中心にしていました。その治療によって、さらに神経を圧迫させて炎症部分が広がり、肩から首にかけて動かなくなったのは、それが原因だったようです。小崎先生によれば、このままカナダの治療をしていれば、神経を切断して右手が動かなくなることを忠告されました。言うなれば、医療ミスであったことは間違いありません。
 
 後日、その事実を担当医に話したところ、慌ててドクターストップ(職場の休職命令)の手紙を書き労災手続きをすることになりました。いままでの、半年間は一体なんだったのか?

Takefuyu|note