歴史から抹消してしまった国防と国益 67
―有本明弘氏の後世へ遺言-

―国家観を失った国-

人生とは、不思議なもので偶然なのか必然的なのか、ちょうど、アメリカ人抑留者が解放された動画を見ていた時に、有本明弘さんの死去のニュースが流れてきました。高齢で足がおぼつかないということは聞いてはいましたが、いつか有本恵子さんと父の再会ができると思っていましたが、多くの人の願いとは違う結果になってしまいました。この問題は、国のあり方を問うことであり日本人の倫理と魂の問題だと思っています。すでに、拉致被害者の親御さんたちは高齢化になり、有本恵子さんの母親嘉代子さんは20年に他界されて、横田めぐみさんの父親の滋さんも20年に他界されました。拉致被害者のご家族は何度国に訴えても、まったく取り返す素振りもなく美辞麗句を並べる政治家に騙され、どれだけ悔しさと苛立ちの中で人生を送られてきたのか。半世紀に近い年月が経っても解決できない、この国の体制は何を価値基準にして「政」をしているのか、疑ってしまいます。
なぜ、50年近くも奪還することができないことが、他国だと数年で奪還できるのか? あの映像を見ていて、国が本気を出せば国民を一人でも取り返せることが画面から、ありありと伝わってきました。

まずは、簡単に動画の経緯を説明します。
アメリカ人教師のマーク・フォーゲル氏(63)は、首都モスクワ市内の学校で10年近く歴史の教師を務めていました。彼は、アメリカで処方された少量の医療用マリファナを所持していました。それを不法所持として空港で、ロシアでは逮捕され14年の実刑判決を言い渡された。当然、家族や弁護士は痛み止め用の大麻だったと主張しましたが、受け入れられず22年に懲役14年の刑を言い渡され収監されていました。その事実に、米国務省は昨年末に不当な拘束と認定して、釈放の交渉をしていました。しかし、バイデン政権では、3年間まったく交渉が動きませんでした。大統領選に、マーク氏の母親がトランプ氏に息子を奪還するように懇願したところ、「私が大統領になったら、すぐに取り返す。」と言ったそうです。そうすると、政権をとるや否やすぐに奪還されることになりました。当然、ロシアとの交渉ですので、タダでとはいかないのでアメリカで収監されていた、ロシア人との交換という形で、収監されていた犯罪者(ハッカー)のバーター取引になりました。
このニュースは、英語でありますがトランプ大統領以下高級官僚が、マーク氏を出迎えている映像です。国民1人を救出することの国家の姿勢が、伝わってきます。

話しは戻しますが、私たちの世代の前は、小泉元首相が訪朝するまで北朝鮮に拉致された人がいること自体知りませんでした。その当時は、新聞やテレビが絶対的な存在で、ニュースにならないということは、事件そのものが存在しないと思っていた時代でした。ところが、1987年に大韓航空機爆破事件があったときに、少しだけ拉致の話しは出てきました。それでも、多くの人は拉致そのものを陰謀論ぐらいとしか見ていませんでした。加えて、学校教育でも国家の責任で外国から国民を守るという「国家観」教育をほとんどしてこなかった時代でもありました。
そんな時代背景の中で、国交がない国へ日本の首相が行くことに誰もが驚きました。戦後の首相で初めて訪朝をしたのは、小泉純一郎首相でした。さらに、驚いたのは拉致された人を連れて帰ってきたことです。その時に、多くの人は「拉致事件って本当にあったんだ。」という驚きの方が先でした。しかも、これだけ多くの人がさらわれているのに、何年もの間メディアは一切報道しなかったことにも大きな不信が起こりました。拉致の問題は、何十年に渡って隠蔽されて「報道しない自由」を使って、闇に葬られた事件でありました。

この拉致問題を考えたときに、日本の歴代の首相たちはその事実をしっていたのか?
 私の私見になりますが、ほとんどの首相は知っていても、拉致のことに関心がなく無視をしていたように思われます。小泉元首相も同様に、拉致のことに関心もなければ、政治理念として強い意志があったとは思えません。それは、引退後小泉氏が拉致被害のことで動いたこともなければ、彼自身が政治活動をしている話しを聞いたことがありません。あの奪還は、国家としての姿勢よりか偶然の一致が重なって起こった、「国家観」が後付けの訪朝だったと見ています。
「では、なぜ拉致された人を返還できたのか?」 
小泉元首相の変人ぶりと無計画が、国家権力と彼の突拍子もない行動が相まって、トリック・スターになり5人の奪還につながったとみています。
いま冷静に見ても、小泉元首相が深い国家観や民族観があったとは思えません。彼の頭の中には、政争の党利党略の1つとして訪朝があり、偶然にも拉致被害のカードが自分の手元に舞い込んできただけで、そのことがどれだけの国益と国力につながるかを理解していなかったと思います。結果として、金正日が日本人拉致を認め謝罪をして、5人が一時帰国をすることになりました。(この5人の一時帰国というのは、当初は一定期間帰国した後に、また北朝鮮に戻ることが前提での帰国でした。それを当時官房長官だった安倍晋三さんが、強い抵抗で北朝鮮行きを阻止し奪還しました。)晋三さんの行動がなかったら、5人は戻らされていた可能性すらありました。
小泉首相にしてみたらパフォーマンスでしたことが、想っていた以上の成果があり、国際的にも国内的にも注目されて自分でも驚いていたと思います。あの事件によって、小泉首相の国民人気がさらに高まり、あたかも国家観のある首相になったことは間違いありません。さらに、抵抗勢力だった自民党内部の親朝派と社民党の勢力を、訪朝によって力を削ぐことにも成功しました。いま、いくつかの資料を読み返しても、彼の国家観レベルの価値判断を持っていたとは思えません。長期政権をするためのひとつの切り札に訪朝があり、国内の政治闘争の道具にもなっていたと見ています。
彼の政治動態を見ていると、常にポピュリズムに軸をおいた政治で、理念も国家観もなかった政治をしていました。世論に注目されるためなら、「靖国参拝」など、すべてパフォーマンスで国政をして日本の「国づくり」をしていました。ある意味、国家信念がない中で平気で保守のジャケットを着られる人でもありました。そのレベルが、日本国民の政治感覚なのかもしれません。
この政治スタイルは、いまの政治家に悪しき慣習として残り、場当たり的なパフォーマンスで政治をする体制に変わってしまいました。特にひどいのは、議員の地位を保持するために、国益につながらない党利党略に明け暮れて、茶番の国会をしていることです。
その中で、安倍政権はだけは違っていました。国家観と未来を見据えた政治家でした。それでも、国会の中では身動きが出来ず、多くの国会議員は拉致被害者よりも、どうでもいい「森友学園」と「加計学園」に紛糾して、一人も帰ってこない現実だけが残ってしまいました。日本人は、国家観も何もない政治家のパフォーマンスを、支持する国民性に変貌してしまいました。

―拉致問題から日本人を見る―

いま日本の中で子供の誘拐が増えています。大手メディアは、大きく扱っていませんがここ数年で誘拐件数は倍になっています。その因果関係が、外国人と関係しているかは定かではありませんが。この数年アメリカでは、問題になっているのは子供の誘拐が増えていることです。日本の中でも「USAID」が話題になっていますが、この解体の1つの理由に子供の誘拐に関与していたことがはっきりしてきました。
詳しいことは次回書きますが、今回は1つの事例として書きます。いまアメリカは、移民・難民を国策の柱にしているのは、この移民・難民で入ってきた人がお金のために子供を誘拐して、組織的に人身売買をしている実態が出てきたからです。さらに、難民や不法移民として入った子たちが、何万人単位で行方不明になっています。この事件も日本の拉致と同様に、ずっと隠されてきました。この闇に、手を入れたのがトランプ政権です。

日本の問題に戻りますが、外国人の受け入れの問題は決して北米や欧州の話しではなくなってきています。特に、中高生で家出をした子たちに外国の人が、住まいを提供して優しくされたら、いまの日本の子たちはすぐに彼らになついて付いていくでしょう。彼らと海外に行ってしまったら、取り戻すことはできません。その後は、競りにかけられ売られるか、薬漬けと性奴隷にされて闇に葬られます。日本に帰りたくても帰れない現実が、実は目の前にあるということ。海外映画の世界が、日本にも上陸したと見ています。
この拉致事件を日本人は他人事にするのではなく、自分事のことにして考えていかないと、日本人が持っている家族観や人生観が壊されていきます。そして、国家は国民を守るという姿勢に戻さない限り、国と人の心はつながりません。いま世界は大きな勢いで、民族観と宗教的道徳観に戻っています。何を言っているかというと、グローバリズムやリベラリズムのような、国民の心を壊す政治はやめようという動きが世界的に広がっています。ドイツでも先日、Afd「ドイツのための選択肢」という政党が、躍進をして民族観を取り戻す方向に舵を切りました。
先進国の中で日本の政治だけが、わけのわからないことをしています。岸田政権下では、能登半島の震災被害者に支援金は少なく、ウクライナへの支援金は莫大な金額を出しました。日本にもインフレの波が来ているにも関わらず、減税やエネルギー価格下げることもしない、国民をないがしろにした政治をいまだに続けています。国民も騒がなければ、政治家も好き勝手にする国に変貌してしまいました。この無関心さが、日本を象徴する国体になっています。国づくりは、場当たり的なポピュリズムでなく、歴史の一部の通過点で見ることをしなくては未来を見ることはできません。
なぜ、アメリカにしてもドイツでも、民族観と宗教的道徳観に戻ったのか?
その理由は民族の国体を歴史の一部に入れて、長期的な国づくりに舵を切ったからです。そうすると、ロシアの抑留されていたアメリカ人の奪還は、トランプ政権の指針そのものかもしれません。国民1人でも守る強い意志が、この政権にはあるということ。この国の違いを見て、どれだけ日本人の心の中に響くのかわかりませんが、このように時事を見ることで、国家観に触れることができます。拉致問題は、いま日本の民族としての良心や道徳的価値判断を問う大事なことで、この問題を解決することが次への日本の姿に変わると見ています。

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