蜃気楼の向こう

今まで、自分の夢や幸せに向かっていくことが人生だと思っていた。
最近、自分の存在の必然の上を歩んでいるとしみじみ感じる。

ここ数年、地球環境問題が危惧されていますが、人為的な原因が大半を
占めていますし、詰まるところ、ひとりひとりの意識のもちようなのかなぁと
痛感させられます。

個々人の心身のバランス。
小宇宙の私自身が、社会・地球・宇宙・・・と
広義な世界の一因子としてバランス良く機能するべく、
これから如何に生きていくか?如何に必然な存在であり続けるか?

 蜃気楼の向こうを望まず、踏み起つ現在を全うする。

私のこれからのテーマです。

殉教の終焉

14日に、motosasaさんよりブログ掲載の文章をいただき
私の人生にあてはめて意味をかみしめています。

小さい頃から、人に合わせてばかりで、自己を表現出来なかった私。

人のおせっかいばかりして、自己満足していた自分。

その結果として、意識上に何かを住まわせ、統合失調症という結果に至りました。頭の中で、本来の自分と侵入してきた何かとの格闘が、睡眠薬で思考を停止する以外、10年続いたことになります。

今、冷静に考えてみると、まるで自ら魂をささげているようです。

14日に、ミエルさんにS・B・Mをしていただき、「殉教は終わりましたね!!」というお言葉をいただきました。

精神を病んでから20年来あった左頭部を覆う筋張が日に日に取れています。

何よりも、生きていることが、凄く嬉しく、そして、お役目をいただいた事に感謝しています。

S・B・Mのお客様で、最近まで自己表現出来なかった方々が、人が変ったように、趣味や仕事の場で目的意識を持って表現できるようになっています。

私の生きた経験が、S・B・Mの指導の中で、道しるべとして活きているようです。

殉教としての生き方の終焉でなく、殉教という言葉の終わりを意味していると
私は、考えます。

今までの人生の経験に感謝。そして、生きる喜びに感謝します。