■資格を持っていなかったのには、いろいろ理由はありまして
だいたいタイトルの通りだが。
――そもそも、精神学協会に入った時、SBMインストラクターにも、まつりぬしにも、私は興味を持っていなかった。
あったのかもしれないが、資格を持ちたいと、あまり積極的には思っていなかった。
まだ、何者にもなりたくない…という気持ちがあったのか、どうか、もう思い出せないのだけど、とりあえず、いろいろあって、そうならなかった。
誰かから学べるなら学びたいなぁとも思ったのだが、会長に聞いてみたら、「教われる人間? やめとけやめとけ、そんなにおらんで」と言われて、半分諦めていたのが実情だったのである。
近く、精神学教育研究機構のセイバースクールが立ち上がるので、その講習も復活するらしいし、それを待つかぁ…となっていたのだ。
余談として、なんだったらセイバースクールには若かりし頃の私自身も入りたかったのだが、その話が出てからもう七年か八年かたって、やっと今年設立にこぎつけたという状況だったりする。もう三十路に入っちゃったが?
■そうして私は土地の清めをしなければならなくなった
教育研究機構の準備って、本当にいろいろとある。メインのメンバーではないものの、はたから見ていたらとても大変そうで、あれこれままならない様子であったので、見かねてお手伝いで会長からあれこれ依頼や要望をもらったりしながら、私もパソコンとネットワークの知識を駆使してちょっとだけ手伝った。昨年12月は実のところとてもそれどころでない状況だったけど、ギリギリ手伝える範囲で突貫工事で、はりぼてながらも概要だけは作ったのだ。
それと並行してカリキュラム系の準備の手伝いをしていた時、会長がこんな感じのことを言った。
「SBMもまつりぬしも、当時のテキストにちょっと手を入れたいんだよね…公開も考えているし、手伝ってくれへん?」
そういうわけで、この3月に入り、全く見たこともなかったテキストを整理するため、ざっと目を通していたのだが…。
まつりぬしの講習テキストを読んだその日の夜から、私は家を舞台とした悪夢に頻繁にうなされはじめたのである。
それを会長に報告すると、面白くて仕方がないと言いたそうなほどのにっこり笑顔になった。
つまり、私はまつりぬしの資格をまだ持っていないけど、「テキストを読んだな! じゃあおまえもまつりぬしな!」という認定を精神界的に受けたようで。
しかも、長年住んでいる家には波動的に何かがあるらしく、まつりぬしとして清めた方がいいらしい。
そういえばこんな言葉があったな。「知るということは担うということです」って。
いや、本当に、どうしてこうなった。
人間的には、頭に若葉マークがついたようなペーパーどころか違法モグリのまつりぬしでは?と思いながら、「…お清めに使うので塩と水をください」と注文を入れた。ブラックジャックかな。
ところで、土地の清めの準備中、地津神札を見てもらったら、クニヌシ様のおふだに反応があった。
「早くまつり! 土地のまつり!」
と言っていた。どうやら、クニヌシ様がまつりぬしにお力添えしてくださるらしい。
まって? そんなえらい神さまにお世話になっていいんですか?
普通、そのあたりの氏神神社にお願いにあがるやつですよね?
…いいのか?
■まつりぬし、その前日譚
準備を進めるうちに、だんだん家の反応がおかしくなってきた。
いや、前からこんなだったかなぁ…?
まつりぬしは、春分の日と定めて決行することにした。急いだ方がいいと思って。
前の晩、いただいてきた清めのお塩を半紙に詰めて準備をして寝床に潜り込んだら、
1時間おきに目が覚めるし、悪夢にうなされた。
※なんで半紙なんか都合よく持っているのかって、前に「半紙で紙垂作って部屋の隅に使うと簡単な浄化ができるんだよ」と聞いて、試しに買って作ってみたことがあったから。
夢の中で、目を覚ますと、なぜか私は1階で寝ていた。まつりぬしをしなきゃ…と思って部屋の外に出ると、笑顔のおばあちゃんとすれ違った。トイレかな?
2階で寝ていたはずなのにな、と思って階段を上がって、自分の部屋に入ると、なぜかベランダに繋がる窓が開いていて、網戸だけ閉めてある。換気? こんな夜中に?
待って。さっき1階にいたときは玄関の明かりからして昼間だったのに、夜?
寒いだろうと思って窓を閉めて、ふと部屋の中を振り返る。
部屋の中には何もなかった。
見慣れた机も棚も、カーペットもない。フローリングだけ。
がらんどうの、不動産の内見でよく見る空き部屋のように何もない部屋の中央に、月明かりを受けて、西向きの枕で布団が敷いてあった。
その瞬間、ぞっとして目が覚めた。
背中が寒くてぞくぞくする。霊気だ。
夢の中で、1階の明るくて温かい部屋で目を覚ましたのは、枕元の壁に貼ってある方違えのおふだのおかげに違いない。攻撃を受けているのだ。
ホラー映画さながらの展開に、ひいいい!と布団の中で恐怖に震え上がった。
しかも気のせいでなければ、壁に向かって寝ている私の後ろ、カーペットの上に、白い着物を着た女の人が霊的に座っているのを感じる。顔が見えないけどたぶん女の人だ。
この人、私なんとなく知ってる。ちっちゃい頃から家の明かり取りの吹き抜けとかに浮いてた人ってこの人じゃない? それを今思い出して、私は頭を抱えた。そうだよ、この家なんか変じゃん。なんで今まで疑問に思わなかったの?
「神様。クニヌシ様。めっっっちゃ怖い夢見るんですけど何が出てくるっていうんですかこの家ーーー!?」
思わずクニヌシ様に泣きを入れた。
ビジョンの中のクニヌシ様は笑顔で親指を立てた。ぜんぜんグッジョブじゃない。
「いいことじゃん✨マツリヌシの醍醐味だよ」
「いいことなの!?」
「”魔釣り”ができてるってことだよ」
嫌な予感がしてたけど、やっぱりそっちの”まつり”もあったんですね。そしてもう反応が始まっている。何か、うまくいきそうな予感はしてたんだけど、その前に出てきたものが怖すぎる。
「それに君、昔からこの家を舞台に怖い夢をよく見たでしょ」
「……あ……」
言われて思い出した。そう、小さな頃、この家に来たばかりの頃から、私はよく、この家を舞台とした悪夢に何度もうなされてきた。
「それだけこの家は昔からおかしかったんだよ。君はそれを無意識に夢で知覚していたわけ。でも無事だった。三十年越しにそれが良くなるの」
今まで、浄化力も抵抗力もなくても、なんとか無事だったのが、今は、浄化力もあるんだから大丈夫、とクニヌシ様は言うのだが、それはそれとしてやっぱりまだかなり怖い。
「…それはそれとして背中が寒いんですけど。これ、もう取り憑かれてますよね!?」
「大丈夫大丈夫👌いいまつり体験として下手なものより面白いブログ書けるよ」
「ココロ ヤスラカニ ネムリタインデスガ!」
「今夜が最後だって⭐」
「怖すぎてトイレも行けないんですが。いい大人なのに!」
「よく考えたら君って三十年近く事故物件(比喩)に住んでるんだねぇ、面白いねぇ✨」
「知りたくなかった、そんな事実……こんなの人間だけでなんとかできるわけないですね、ホントにマツリヌシって神様のお力借りないとダメな話なんですね!」
よーくわかった。こんなの人間だけで何とかできるかー! 死ぬわ!
「いい教材がおうちでよかったねぇ」
よくない。全然よくない。怖すぎる。
「……ちゃんとお清めのおまつりができるでしょうか……人間心に不安です…」
できなかったらどうしよう。…どうにもならんか。
「何も不安に思わず大丈夫だよ。効果があるって分かってるからこんだけ抵抗に遭ってるんだよ。あいつらにとって脅威でないなら何も起きないんだから、何か起きてる時点で効いてる証拠」
そうはいいますけどもぉ。
後ろの女の人を通過するのめっちゃ怖い! でも勇気を振り絞って起き出してトイレに行った。
1階に降りてくると、なんだかよくわからん小物の魔物みたいなのがいっぱいぞこぞこと蠢いているような気配がした。もうこの家、いったい何のパーティーしてるの、怖い。泣きそう。いつもの小悪魔の集団に襲われたときみたいに、ぐっと堪えて廊下を歩いた。
戻ってきて寝直す時に、聞いてみた。
「あいつらというか、”アレ”ってなんですかねぇ。人?」
女の人のことだ。
祖母が終戦前に引っ越してきた時、このあたりはほとんど何もない野山だったと聞いている。家が立ってからも、家の後ろについているアパートの部屋では事故なんてなかった。それ以前の歴史で何があって、彼女がここにいるのかが分からない。
クニヌシ様はちらっと見てから返事をしてくれた。
「あれは魔だね。人じゃないよ」
人じゃない。じゃあ命の書に登録できるのか?
「なんでうちにそんなのが……」
「誰かが連れて来たんだろうかねぇ。それを君が捕まえちゃったのかな」
「てことは、少なくとも25年前からいますね……」
「今日で縁が切れるからいいんじゃない?」
「はあーーーー…」
重い溜め息が出た。
「そもそも魔だっていうのに、なんでこんなに霊波動まで出てるんですか…?」
にっこにこの笑顔が返ってくる。これ、絶対何かあるやつじゃないですか?
結論から言うと、何かはあった。
クニヌシ様が魔と言ったのは、一応、故なきことではなかったのである。
■いざまつりぬし
寝不足ながら、朝の4時過ぎからまつりぬしをはじめた。
外は当然のごとく真っ暗である。
だって考えてみてほしい。普段立ち入らないアパートの裏手、せまい室外機スペースのあとは塀しかない場所をがさごそと動物でもないでっかい何者かが歩いていることに気付いたらどう思う? 怖いわ。
しかも謎の紙の包み(※塩です)を土地の四隅においてぶつぶつ言って建物の周りをぐるぐる回っている。どう見ても不審者、通報案件、おまわりさんこの人です、である。怪しすぎるので人目を避けて抜き足差し足忍び足しかない。ホラー物件と化してしまった家の土地のお清めのためとはいえ、自分がホラー案件である。
余計な不安なんて抱かせたくないので、住人の人が寝ている間に済ませて、さっとやってさっと家に引っ込もう、そうしよう。
と思っていたら、みんなドライブにランニングに犬の散歩に……と、まつりぬしをしている間も人がちらほら住宅街を動いている。
全員朝早くから活動しすぎでしょ…と、自分のことを棚に上げてそんなことを胸の内で呟いた。
結界を作り、「こうかな?」「こう?」と祝詞を唱えながらぐるぐる回る。
3周目あたりから空気が変わって澄んできたと感じて、念のためもう1周回ってみて、これ以上やっても同じかもしれない…と思ったのでとりあえず終わり。塩と紙も処理して終了。
家の中に戻ってきて、波動を感じてみてるけど、重かった空気は清まっているし光を感じる。部屋が明るくて軽い。
うん、たぶん、清めはできてる。
あとはこの肩と身のうちのなんか重い芯なんだけど…と浄化をするために目を閉じた。
■女の人の正体
体に残っていたエネルギーのほとんどは、土地に溜まっていたケガレ、負のエネルギーが身のうちに移ったものだった。
半紙を燃やしていた時と同じように、ビジョンの中で紙が燃え尽きていき、それに伴って体の負荷も減っていく。
全てなくなったあとに、例の女の人がうずくまっていた。
この人は何者なのだろう、と意識を向けると、別のビジョンが見えた。
青々とした木々が生い茂る、小さな山の中。梢の間から日差しが差し込んできらきらとしている。緑の匂いがする。女の人はそれを見上げて景色を楽しんでいたようだった。
――このあたりはのどかな野山だった
けれどいつの頃からか 人が移り住んできて
山は削られ 木は切り倒され 緑は消えた
誰も私の声を聞いてくれなかった
地鎮祭をする神主でさえ 私の声が聞こえなかった
何もできずにこの地に縛られ 封じられた
ただただ存在するこの身が口惜しく 呪わしい
そんな思念が伝わってきて、これは…と冷や汗が出た。
(あれ? これってもとの土地神とか土着の精霊さんとかそんな感じ?)
光を失った神は魔に落ちる。そんな知識が頭にのぼる。
クニヌシ様が魔って言ったのって、魔釣りって言ったのって、もしかして、私が引っ張り出したのは魔に落ちた、もと土地神ってこと!? そりゃ人じゃないわ!
軽く衝撃を受けたあと、まつりぬしとして、かぁ、と。まつりぬしの意味を思い起こして、思わず考え込んでしまった。
まつりぬしは本来、祭主として、その土地の神様たちの声を人と橋渡しする役目も担うべきであるはずで。もともとこの女性がこの土地の神様なのだとしたら、彼女は改めて祀られなければならないのではないかな。と。
なので、まずは謝った。代表とも言えぬ身だが、過去に先祖や町の人々が不躾に土地を拓いてしまったことを。
クニヌシ様にも相談すると、「その辺の神社、空いてるみたいだし、そこに鎮まってもらったら? 時々お参りに顔を出したらいいよ」と言われた。
土地神様にも提案すると、「では、近くの方に」と言う。「人が定めた氏神神社は別の領域。私の領域に含まれるのはそちらだから」ということで、近い方に行って、そちらに御宿りになった。
ということで一行でまとめると。
なんだか家関連の悪夢が多かったので土地の清めをしたら、そのあたり一帯の土地神様を引っ張り出してきちゃって、神様が復活したっぽい…?
と、そんな顛末になった。
…いや、そうはならんやろ!?と思うけど……成り行きでそうなっちゃったんです……。
とりあえず、土地の清めをしたらそんなこともありました、というご報告でした。。。。