夜中に目が覚め、3年前に見た「美しき緑の星」と呼ばれる映画が意識にあがってきたのでそれについて記載します。
この映画はフランスの映画で、公開直後に公開が中止された「早すぎた映画」とも知られている映画です。(現在はDVDなどのレンタルで視聴可能で、完全版と一部カット版が存在します)
映画の主人公は地球外に住む人種(種族)で、その星は自給自足で支配と被支配のヒエラルキーがなく、貨幣制度というものも存在しない星で、この種族には「星外派遣」というシステムがある星、主人公は地球に星外派遣を希望します。地球は危ないという周囲の反対を押し切って
地球に派遣された主人公はまずイエスが十字架にかけられたという事実を知り驚きます。
その後、脇役である医師をはじめとした人たちに「切断プログラム(接続解除)」という事を行い(「接続解除」をしなくても会話である程度解除できる場合もある)、これらの人を本来の自分というものと向き合わせたり、本来の自分というものに戻して、主人公がいる星に戻っていきます。
ここまで、かなり抜粋したあらすじを記載しました。
そして
・ある部分では、主人公の星は「ミクニ」の要素があるといえること
・現在の地球は「シンレイカイ」の中に置かれているわけですから(日本はその地球の少し上方にあり、その国土はみからだでもあるわけですが)けがれなき(けがれがすくない)星の住人からしたら危ないという表現がされていること
・公開中止の理由は、陰謀論というレッテルを貼られたようなのですが、地球の支配者グループからしたら見せたくないものが含まれていたという事
・作中ではイエスをキリストと言っていますが(ごく一般的な人はキリストとよく言う)キリストとは「油を注がれたもの(聖別されしもの)」イエスは「救世主」という意味があったと記憶しています。では、この油とはどの油かと言えば、ある意味、現代で言ったら、秘蹟オイルやライトのオイルと呼ばれる聖別された油(英語表記でThe Concecrated OIL)と考察でき、ある意味ではその油を注がれた(塗布した)人は、自分自身の救世主となっていける(但し、正しく光と闇に向き合い、精神の免疫を形成し、審判というものを受け入れたうえで現実を想像・創造していく必要もある)という事(考察)
・ニホンのイシカイのロゴやW〇Oのロゴにはヘビが描かれていますが、ヘビは知性の象徴でもあるけれど、性的なものや攻撃性や支配といった闇の象徴でもあるという事(一般的にもむやみにクンダリーニを開発することは危険とされていますし、精神学的にも前頭葉のエネルギースポットからの開発である)
・「切断プログラム(接続解除)」や会話で解除できる場合がある部分に関しては、ある意味SBMの要素の部分もあるとも考えられますが、似て非なるものであること。
・そして、私の物語という事で考えるならのなら、私は作中の主人公的立場で、ある方は作中の医師的立場ではないかという事(あるひとは医師ではなく、マネー系であり、その部分で苦しんでいる部分もあるのだけれど)もちろん、「切断プログラム(接続解除)」をSBMと無理やり解釈するのであれば、SBMを必要とされて来られる方は、作中の医師的立場の方と捉えることもできる(多くの方々は環境やテーマ・職業などは違うけれど、そんな要因を持っていると推測される)
ざっくりのあらすじからそんな考察が意識上にあがってきました。
いわゆるスピリチュアルやスピ系の観点やフィルターのようなものを外して、この映画をもう一度見てみるもの面白いのかもしれません。
お読みくださりありがとうございました。