Vol.800+13

宇宙戦争の記憶

この二千二十二年の六月六日の夜。先日、訪れた大分県日田市の進撃の巨人の情報展示館の前の河原の巨石が、発していた光の意味が解読できたという印象があったので、今回はその報告です。
進撃の巨人という漫画作品は、その日田で育った作者の頭の中に、ある日、突然はじまった物語を、そのまま映像化したともいえる作品のようで、そのインスピレーションのもとになった情報回路が、どうやら、私が見た石が発した光のようなのです。
その光の情報の前に、シンロジーラボ大分の主宰者が、私にした説明では、地球でいちばん、宇宙に近い場所が日田市で、そこには、宇宙戦争の戦士たちの霊が待っているというものでした。
私が知っている、この物語宇宙の特性は、ある種の物語を現実化してしまう、時空だということです。
それが、私が知るところでは、この物語宇宙のカルマです。
神の復讐権の行使をくり返してきたのが、私が知る神のカルマで、イエスの十字架上の死から、今日までの人間の歴史は、その物語の現実化だったのです。
この宇宙の法則に忠実に、いまも聖書の最終戦争を現実化するために活動する人間グループが、どうやら、現在の世界の支配者層なのですが、彼らにそのパワーを与えてきたのは、人間が霊界として知っていた領域の最下層にある、強烈な復讐心のエネルギーだったのです。
その利用を、阻止するために、精神界が、過去の霊界を移築したのが、私が伝えている、シンレイカイというものです。
支配するエネルギーのある部分の供給が断たれたことで、いまの世界を支配している人間グループの危機感は急激に高まっていて、「最後の審判」を前にして、すべてを無にする最終戦争への道を急いでいるようにも見えます。
ここで、私が知る、日本のしくみの中に隠された、日本文化が、この物語宇宙の現実化という大問題に、どんな解を出しているのか、という話に移ります。
進撃の巨人の作者の頭の中に降りてきた物語を、作者が作品として、この時空に掲出したことで、そこにあった物語を物質化、現実化する意識エネルギーは、作品という現実化したのです。それが放置されて、この世に放出され続けると、かつて起きたであろう、宇宙戦争が、新しい時空を得て、現実のものとして、形を変えて再現されるという、意識エネルギーのあり方こそ、この物語宇宙が背負っているカルマだというのが、私の認識です。
ただし、この物語宇宙は、いまのところ、私の小宇宙に対応したマクロ宇宙の話なので、すべての人間の小宇宙に対応するものだとは、断言できません。断言すると、物語宇宙のもうひとつの側面である、何でもあり宇宙の特性によって、また新しい物語が生じる可能性があるからです。
私は、「神を超えよ、仏を超えよ」という途方もないことを、この世に生きている人間の意識上に、はじめて発信したものです。そして、その歩みは、この光文書のVol.800までが、「神を超えよ」のプロセスの開示で、その後のプラスの部分が、「仏を超えよ」の部分になっていると理解してください。
仏を超えるためには、この宇宙の存在のテーマに対峙する必要があるのですが、いまの日本は、その時空に突入したと考えていいのではないかというのが、現時点での私の立場です。つまり、日本人の脳は、この宇宙にある各種の波動情報を、受信し、解析し、読み解く段階に到りつつあるということです。
進撃の巨人の作者に、精神学の知識があるとは考えられませんが、たぶん彼は、地元で遊んでいる最中に、山や岩に宿っていた意識体とのコンタクトを受け、彼らの代理人としての仕事を負託されたというのが、私の理解なのです。
私が、日本人は救世主だといっていることの本質こそ、ここにあるのです。
宇宙は読み解かれ、そのカルマから解放されるはずなのです。

神紀二年(二千二十二年)六月九日 積哲夫 記

この光文書に合わせて通信が届いているようですので、掲出しておきます。


令和四年六月七日(火)十四時四十三分から

あかね さす
かむろ みやまに ふりしもの
ひかりの うちゅうの
みやまの きおく

(かむろき かむろみ)