Vol.668

人工知能とマネー

この二千十九年の夏は、日韓関係の話題で過ぎて行きそうですが、九月に入ると、香港の問題が大きくなっていくはずです。それらのことは、前にも書いたように、日本を取り巻く時空が、日清戦争前夜に近づくひとつのプロセスだと私は考えています。この先に、あるのは、くり返される歴史かというと、そうではなく、改めて令和の日本が、精神界からの情報開示によって、その他の世界と、どうつき合いはじめるのかが、問われるということなのです。
かつて、大日本帝国は原子爆弾の可能性を、当時の天皇に報告し、その開発にストップをかけられたにもかかわらず、大量の電力を生み出していたのと、ウラン資源に恵まれた、朝鮮北部で、研究開発を進め、昭和二十年の八月十二日に実験を成功させたということが報告されています。これが事実だとすると、現在の半島情勢は、その延長上の事象だということになります。
第二次世界大戦は、ヨーロッパにおいて、ドイツ対イギリスとソ連とアメリカの戦いであり、太平洋地域においては、日本対アメリカの戦いでした。そのなかで、核兵器を開発できたのは、アメリカと日本だけだったというのが、真実の歴史だとすると、いま生きている日本人の常識は、大きく変化する可能性があります。
前回の光文書で、私は最終理論の完成が近づいている予感を記しましたが、そこには、この理論の完成にたぶん日本の頭脳が大きくかかわるであろうという予測があるのです。
明治の日本が国際社会に参加したときの東アジアの大国はいうまでもなく清国であり、その経済規模の差は、現在の日本と共産党支配の大陸エリアとは比較にならないほど大きかったのです。そのため、清国政府は、小国日本に戦争で勝利できると信じたのです。それは、日清戦争後の日露戦争においても同じで、大国と小国の関係性のもとでは、世界の誰もが小国は大国の前に敗れると考えていました。ところが、日本は勝利しました。この時までは、日本神界が、協力していたというのが、私がお伝えしている日本の秘密です。ところが、何度もくり返しますが、千九百十年の日韓併合によって、大日本帝国に対する日本神界の支持はなくなります。それを精神学の立場で説明すると、このクニの古事記も日本書紀も、半島における白村江の敗北後に、なぜ書かれたのか、なのです。
タカアマハラの日本神界の地上におけるエリアは、日本列島といわれる場のみなのであり、そこに朝鮮半島は含まれていません。そして、併合後の朝鮮半島に当時の国家予算の四分の一という規模の投資を続け、日本本土ともいうべき地域と同等の経済基盤を整備した結果、日本語を話す人間は増加しましたが、日本人というべき価値観の共有は得られなかったというのが歴史的事実です。これとは、別なストーリーで、いま、進行中なのが、香港における自由を求める運動で、七つの海を支配していた大英帝国が落日を迎えて、九十九年という期限よりも早く、共産党の中国に香港を返還した結果、一国二制度の約束が守られることなく、人権と民主主義が失われようとしています。
共産党の中国が、莫大なマネーによって香港を潤していた時代には、なかった反応が香港人からはじまったのです。
今日の香港、明日の台湾という言葉の先にあるのは、沖縄ですが、それは、中国経済のパワーが持続する間のことでしかありません。
このまま、たとえば米中の貿易戦争が続き、その他の不良債権問題などが表に出ると、共産党は破産します。しかし、いま世界で、もし、共産党の中国が、アメリカに先がけて、量子コンピューターといわれる分野などで成功し、人工知能を完成させると、何が起こるでしょうか。その人工知能は、全世界のデータを自分のものとすることで、人間を管理するばかりでなく、世界中のマネーもコントロールするはずなのです。たぶん中国共産党が目指している二千四十九年における成功とは、そうした世界支配システムの完成だと考えられます。その目標に近づく、ひとつの道が、五Gといわれる次世代の通信のプラットホームの技術の独占だったわけですが、それは阻止されました。これは、もはや戦争といってもいい状態なのです。そこにおけるマネーの役割というものも過去の歴史の延長上の知識では、説明のできないものとなるはずです。こうしたことを考えれば、最終理論の完成前に、無神論者に奉仕する人工知能が人間を支配する時代がこないとは断言できなくなります。こうしたことまでが、最後の一厘の仕組みのなかに、組み込まれているというのが私の認識なのですが、それが、本当なのか、どうかが、たぶん私が生きている間に示されるはずです。

二千十九年八月二十九日 積哲夫 記