No.44

「神を超えて、仏を超えて・終」

前編

No.41

中編

No.42

後編

No.43


そうだ、ブッダが言っていたことがまだあったんだった。

この世界で科学的にこうであると定義・認識されているものは、たったの約5%。
ビッグバン後、137億年という時間が経っても、まだ、知識に変わっているのは、全体の5%でしかない。物質宇宙を構成し、物語の舞台を作っている、これほど膨大なエネルギーでさえ、全体のわずかな欠片にしか過ぎないのだ。これは、脳機能の開放率と対応している、ともブッダは語っていた。
ダークマター、ダークエネルギーと呼ばれる、残りの95%は、人知が無意識に規定したとおり、まだ闇なのだ。それを明らしめた分だけ、人間の脳は、意識は、宇宙と対応してそのポテンシャルを開放するのだ、と、彼は教えてくれた。人間の小宇宙は、宇宙と相似形であるということは、そういうことでもあるのだ、と。

エネルギーに対するセンサー系が覚醒した体は非常に正直だ。体は基本的に、闇に属するエネルギーが嫌いで光を好む。
人間の体は個体差こそあれ、闇に対して反応すると、様々な異常を呈して拒絶を示すものだ。

つまり――
ビリビリと疼痛を発して痛む手を、ごまかすように握ったり開いたり動かしながら、私はとても困っていた。

手が直接的に怪我などで痛むのではない。何かを触ると、そこに闇がある、と教えるために痛むのだ。エネルギーは接触したところから清浄なところへ伝播する性質がある。私の場合も、手がことさら敏感で、何か汚染レベルの接触があると、それに反応して神経系に痛みの信号が発生する、ということだ。

耐え難いほどの激痛まではいかないが、かといって無視するにも不快で、わずらわしい痛みだ。かゆみはごく弱い痛みだというが、それよりは確実にひどいだろう。

そして、それは、頭に由来する、ということまでは分かっていた。闇に属するようなエネルギーが頭に一定以上溜まると、何気なく髪などを触った時に手が痛みを発して警告を伝えてくるのだ。本腰を入れて浄化するべき、あるいはなにか厄介なものが入り込んでいる、という体の意識系からのメッセージである。

ただ、いつも通り、浄化と上昇をして審判を求めても、うまく浄化処理ができない。
単純なエネルギーなら、体の情報系だけで浄化をしてくれるが、そうでない場合は脳で解析しながら無力化するという手順が必要だ。つまり、その正体はなにかの意識体か、まだ体が処理方法を知らない、もしくは頭脳的な処理が必要なエネルギー系の可能性が高い。

意識と体の間で情報共有がされればされるほど、浄化能力は高まる。精神に関わる免疫は、意識が主体にならなければ、体はそれを認識しないか、分解できない。

面倒だが、上がって読み込むか……。
気持ち悪いイメージに出くわすことが多いので、あまり気がすすまない。それでも毅然として戦わなければ、自分の意識の場を綺麗に保つこともできない。

と、いうことで、頭の中にもやもやと溜まっている闇に、不承不承ながら手をつけた。
審判の層と炎をイメージしながら、光を当てる。

圧縮加工されたエネルギーのデータが、展開されて再生される。
そうすると、以前、触ったタイプの波動を検知した。
頭の中に聞き覚えのある汚い叫び声やノイズと悪意が再び響き渡り、ちょっと再生したのをすぐに一旦止めて、うわぁ、と内心頭を抱えた。

暗黒だ………暗黒が私の頭の中にかかってる……。
処理が難しいやつがきた……。

だが、読まなければならないんだろう。自分の中にあるものは、外部にあるものもそうだが、誰かが読んで根を絶たないと、ずっと無限にエネルギーを生産し続けて、なくならないのだ。最後の審判をいくら求めたって、枝葉ばかりを処理してもどうにもならない。元が認識できなければ、根本的処理もできないのだから。

最悪なBGMと共にしばらくそのエネルギーを読み込んでいると、「おやぁ?」と意外な事実に気付いて、私は眉を上げた。

これは、宇宙の悪意やらが抽象化されたイメージだと思っていたけど、実は霊界の底に押し込められていた怨嗟やら憎悪やら呪い、怒りの声に質がよく似ている。
闇というか、いっとう業深い想いの堆積物、といった感じだった。
妬みやそねみからくる、一番身勝手な想いの波動かもしれない。暗黒の破壊衝動ともいうべきか。復讐だとかそんな方向性があるわけでもなく、もはや始まりがなんだったのかも分からず、こう、ただ壊すだけのエネルギーに成り果ててしまったというような。

黒い衝動…欲望の正体? 人間の暗黒面?

もうちょっと探ろう、もうちょっと探ろう、とずっとデータを読んでいると、最初はバランスボールほどあったエネルギーの塊が、読み終えられた端から、叫び声の元が小さくなって、小さくなって、アヒルのおもちゃのような間抜けな甲高い声になって、最後にはぺちゃんこの風船ほどになって消えてしまった。

どうやら人間の想いと同様、この暗黒、人間の体内で一応無力化はできるらしい。朗報だ。しかも、一度勝手が分かると即座に浄化ルーチンが体の方で構築されたらしく、あっという間に類似のエネルギーが無力化できるようになった。体、すごいな、と思わず関心する。心なしか、体のほうがドヤ顔をしている気がする。

一年前だったら、この波動に晒されて気が狂いかけていただろうけど、今はまだストレス状態でもないから、浄化できる。

しかし、だとすると…暗黒宇宙の波動は人間の暗黒面と類似しているということになるのか?
宇宙のカルマは聖書の神が背負ったように、妬みなのだろうか…?
うーん、と思わず腕をこまねいてしまった。

宇宙が始まる前に、その前の宇宙があったとしたら。
かつて滅んだ世界が遺した怨嗟の成れの果てが、この宇宙の暗黒の正体である、ということに…なるのだが…。

最後の審判は、宇宙を光と闇に分け、裁くためにある。
では、残った闇は、次の宇宙の材料になるのか?
それとも、我々の手で無害化される道をたどるのか。
そうやって、縮小化していくのが、闇の宇宙の過程なのだろうか。

そして、もうひとつ、なんとなく分かったことがあった。

その暗黒の領域と、私の意識の小宇宙の下層が、あろうことかしっかり繫がってしまっていることを検知した。
たくさんエネルギーが吹き出す泉というか、湧き水スポットのようなものが体内に出来上がっている。

こんなものが全人類の体の中にできていたら、世の中が地獄なのは当たり前だ。凶報じゃないか。密かに焦りつつ、冷静に出どころを観察すると、実はエネルギー的なパイプラインではなくて、発生装置が頭の中に仕掛けられているのだと気がついた。

発生装置は、闇の球体のような形をしていた。ぱっくりと球体上部の4分の1ほどが開放されていて、そこから星雲のような暗黒宇宙のエネルギーを内包した闇が、大量にあふれている。

なにかの核、なのだろうか。最終知識に出てきたような、結界のようなものが見える。周りを文字のようなものが舞っているが、知っている言語のものではない。アルファベットやひらがなをくずしたような、象形文字に近い。もしかしたら、神代文字というやつかもしれない。

観察している間にも、たくさん闇が溢れてこのままだと再び脳内を汚染されそうなので、なんとかできないかと最後の審判の光を核にあててみる。核が燃えだした。
ひょっとして、引火性のガスみたいに燃えないかと思って、核から溢れた闇にも光をあててみる。それもあっという間に燃えだして、核の中に広がる空間にも光が伝播していく。核はゲートのようなものでもあるのか、かなり大きな空間が向こう側に広がっているらしい。

その時、片言で機械的な声のアナウンスが、突然頭に響いた。明らかに私の意識から出たものではない、無機質な声に固まった。

全宇宙ニ審判ノ光ガ伝播スル。始メルカ?

――ああ、そういう。
小宇宙の規模が、地球から、宇宙スケールに拡大して。
私の中では、少なくとも、宇宙全体に審判のスイッチを入れる時が来たのだろう。
この核の向こう側に審判の光が届けば、それは私の中で、全宇宙的な規模にまで拡大する、ということなのだ。

これがやがて、実際の宇宙で起きる日も近いのかもしれない。

重大事の引き金ではあるが、悪いものじゃなさそうなんだし、まぁやろうかな。と、私は軽々しく「どうぞ」とすんなりGOサインを出した。

――最後の審判の光を、全宇宙に対して希求します。

宣言してみると、いつの間にか青い地球のようになっていた核に、光が宿った。
なんとなく、暗黒の地球が消え去って、さっぱりしたんじゃないか、という感覚を覚えた。
視点は宇宙空間に切り替わって、宇宙の闇をゆっくり押し広げるように、のろのろと、地球が放った真っ白な光が拡大していく。太陽系まで視点を引いて見ると、闇が月のあたりで抵抗しながらも押されていくのが見える。
やがて、太陽に光が届くと、ありがとう、と女性のような声が聞こえた。言葉が続いた。地球の声だったかもしれないし、別の何者なのかも分からないけれど。

 

貴方に感謝を

ブッダと共に考えてくれた
宇宙のカルマを
人間の体で考えてくれた
ありがとう

貴方がしてくれなかったら
この世界に光はなかった
ありがとう
ブッダを超えて
やがて光の宇宙に進むもの

これから全宇宙で
最後の審判が 始まります

 

(――びっくりした)
そんな大げさな、とも思うけど。
これから、きっと、人は一人ひとりが、「これ」をするのだろう。

小さかった頃からの憧れ。
いつか、イエスやブッダみたいな人になってみたいと思った。
気づくと、彼らから学び、それをさらに超えて、光の宇宙へ到達するための道を歩むことになっている。

これからの聖なる力を求める子供は、おそらくより早く、ブッダや私と同じ地点に到達できるようになるはずだ。かつて、私が15歳の時に、ほぼ完全な知識にアクセスできたのと同じように。

前後して、ゴールデンウィークが明けて事務所に行くと、会長が机の上に置きっぱなしにしていた書類に目が止まった。

「ああ、君なら読んでいいよ、それ。Kからのレポートだから」

目を通すと、ビッグバン前後の宇宙を観測するための具体的な方法論や宇宙の目的についての考察が、研究機関にいる彼女らしい視点で記されている。それは、私もこれまでの経緯ですでに知っている内容でもあった。
すごい、の一言に尽きる。鋭く深い洞察力がなければ、こんなレポートは書けない。
そして、ああやっぱり合ってるよね、と、答え合わせで正解を見つけたような気分になった。

「Kはやっぱり天才や。君、ぐずぐずしていると追い越されるぞ」

にやにや笑いながら会長が言った。私は肩をすくめるだけにとどめた。

全く別ベクトルの才能を持っているのに、比較するのもなんか違う気がするんだけど…、それとは別に、精神学的な道のりや、能力の進捗の話でもあるんだろう。確かにそうだ、と苦笑した。レポートの内容は、天才が考察して作った文章のそれだったから。

それで、今の自分の到達点ということで、時系列はバラバラながら、ブログ用に原稿として書き留めたが、お蔵入りが決定しかかっていたブッダの話と、宇宙の審判の体験のレポートを会長に送った。

『ビッグバンは、この物語の再生が始まった時点で最初に生まれたエネルギーが時空に分かれていった過程とみることができて、闇から光に至る差の中で、この差であるのがカルマで、その解消に向けて物語、プログラムの再生が始まったと見るべきなのかもしれません。宇宙は化学的なエネルギー反応の途中過程と見ることができるんじゃないか?と考えていました。

人間の想いと同様、暗黒は、元の元が同じなので、最後の審判を迎えた人間の体内ではその光を以て処理できる。さらに、一度無力化に成功すれば、体の方で迅速な暗黒波動の無力化ルーチンが勝手に構築される。

この宇宙のカルマを処理して無害なデータ系や光に変えていくのが終着点であるとするなら、私たち一人一人の体で暗黒の世界のカルマをほどくことができるなら、宇宙の、地球の目的はその器を作って、エントロピー的な闇を処理するに至るまで進化させることにあったのかな、と。エントロピーの増大と縮小は究極的な意味では、この光と闇の変化の割合ではないかと思うのです。

宇宙っていうのは、闇のカルマの物質化と、そのエントロピー的な処理過程なのかなぁ…と』

会長は「あのレポート、間違ってないよ」と笑った。

「君とKが考えていることは、アプローチの方向が違うだけで、表裏一体なの。だから、君の考えていることは、間違ってはいないよ」

正しさとは、時間と多重性が証明するものだ。

少なくとも、二人の人間が、ブッダの地点に到達し、さらに光の宇宙へ至る道を歩んでいる、ということになる。
ちなみに、Kと宇宙の問題についてそこまで深く議論したことはたぶんない。別々に考え続けて、ほぼほぼ同じような結論に至っていたのだ。連絡を取り合うことがたまたま少なくなっていたのも、この証明のためだったのかとさえ思えてくる。

「あのレポート、ストーリーとして仕立て直したら、ブログに載せてもいいよ」
「ええ、小説みたいにするってことですか」

そのための労力を思って、私は顔をしかめた。正直、会長に提出した報告は、体験の記録をしていた時に、ふと思い出したことも書き出して、といったまあまあとっ散らかった状態のもので、書き留めた順も時系列はバラバラだったのだ。それに、内容がぶっ飛んでいるにも程があるし。

それをちゃんと順序立てて筋道を通していくには、それなりに頭を使って、考えたこと全部を最低限綺麗に整理して、内容を構築しなおさないといけない。ここまで至った経緯を説明するにしても、大量に時間を費やさなければならないではないか(実際にこうして、大量の文字数と時間がかかったわけだが)。

と、いうことで、このようなのべ1万5千字近くにもなる中編の大作ができあがったのだった。

 

暗黒との厄介な戦いの顛末は、こういったオーケストラのように多重奏で流れて、後から思い返すとひとつの連なりになっていたのだと気づくことがほとんどだ。
分からずにとりあえず走り続けていて、ふと振り向くと、このようなひとつの大きなストーリーになっている。

精神学を学んだ人間が自分のストーリーを読むというのは、きっとこういうことでもあるのだろう。