No.37

「死者の話」

 

本来、死んだらチャンネルが稼働していればそこに報告として記事を寄せるべきなのだが、諸事情で死んだらチャンネルは一時的に非公開となり、目下リニューアル準備中。
なので、死んだら人間がどうなるのか、の一例をここに記録で残しておこうと思う。

※とりあえず、2022年4月26日前後現在の死霊事情なので、また数年後に誰かがこれを読む時には精神界の情勢が変わっている可能性は、ある。

 


【SITE:この世】

4月24日、日曜日。
親戚が急死したと訃報が入る。
享年40歳。早すぎる。
何があったのか全く分からない。26日に葬儀だという。
とりあえず、慌てて関係先に連絡する。一日、休みをとった。

4月25日、月曜日。
火曜日にむけてあれこれと準備を進める。
御香典の袋に、黒と白の水引の下に自分の名前を書きながら、何度もこれを経験するのは嫌だな、と少し胸が痛んだ。2ヶ月前にも親しい人がいなくなったばかりなのに、立て続けに知人との別れを経験するのはかなり堪える。
全く彼女が逝ったということの現実味がない。数年前に顔を合わせた時の元気そうな姿しか記憶になかった。

 

【SITE:精神界】

4月24日、日曜日。夕刻。

死した人間の魂はどこにいるのだろう。
突然の訃報の衝撃に呆然としていたものの、はたとそのことに気がついた。私はもたれていた座椅子から身を起こし、意識を精神界へ放り投げた。

霊界は私にとっては、昏い闇に沈んだ、茫漠とした夜の深海に似ている。

彼女のことを思い浮かべながら、黒々と広い霊界に意識を向け、ざっと探査を走らせる。

名前や存在を認識していることは、精神界では電話番号を知っているようなものだ。
おそらく、命の書と私が使う魂の特定の仕組みは同じようなものなんじゃないだろうか。

探査の波動を霊界に広めに投げる。精神学を学んで能力が開いた人間の脳は、投げかけたピングに対して、返ってきた反射反応を検知してくれるようにできている。(精神学を学ぶ前から能力のチャンネルがある程度開いていたような気もする…)

果たして、意識体となった魂の居場所はすぐに分かった。
発信源に向かって、さらに闇の中をテレポートする。

真っ暗闇の中、少し下の方に、ぼんやりと光を放って、途方に暮れたように俯いて座っている彼女の姿を見つけた。
あとで聞いた話では、彼女は自宅のトイレの中で座ったまま、壁にもたれるようにして亡くなっていた。それで、この時のどこかに力なく座って項垂れていた姿勢に合点がいった。ほぼ亡くなった直後の状態のまま、闇の中で途方に暮れていたらしい。

「Aちゃん」

声をかけて光を送りこむと、彼女は顔を上げた。思い返すとずいぶん疲れて、やつれた様子だった気もする。
彼女は、自分が死んだことを理解していたようだった。簡単に、霊界が今、厄介なものがうろつく場所と隣り合わせであることを説明した。
比較的清浄というか、何もいない層にいた。もっと下だったら危なかっただろう。地獄は地獄だが、まだマシな場所だ。

今、霊界の深く深くへ潜っていくと、暗黒に繋がる波動がある、地の底のような場所がある。全くいいものではない。悪意と狂気と漆黒の硬い岩盤層のようなもので、免疫のない人が行けば正気度の多少の喪失は覚悟しなければならない。最悪、廃人がひとり、完成するレベルだろう。さすがにそこまで落ちていく霊はいないはずだけど…。

ただ、霊界はあまりに混沌としていて、これから彼女が所在なく居続けるにはあまりに具合が悪い。ここも安全ではないし、どこかに連れて行ってあげないと。

とはいえ、霊が行く場所なんて、精神界の中空に開く審判の門しか知らない。
審判の門に行ってみると、大勢の人々が列を成していた。

門の周りにたむろする人混みの中で立ちっぱなしで、命の書のことや、日本人として生まれた以上は最後の生であったこと、審判のことをかいつまんで説明した。死後も何かをして働くのであれば、精神学協会の会員として、協力もある程度はできるだろうこと、シングルマザーだった彼女が遺した一人娘の行く末を見守ることもできることを伝えると、働く、と言った。そのうち命の書に登録もしてあげなければならないだろう。

とはいえ…精神界での働き口はそう多くもない。なぜなら霊界に今までそんな組織が存在したかどうかも怪しい。かつてはあったかもしれないけど、「最終知識」の時代以来、散々精神界の変動があったのだし、今はほとんどないだろう、と思われる。

私が唯一知っていて、信用できて、とりあえずまぁマシな働き口…雇い主の性格と相性が彼女と良い方とは思えず(失礼なとツッコミが入った)、あまり気が進まないが、某アメリカ人のCEOを頼ることにした。霊界で会社を起こすまさかのガッツの持ち主だ。たぶん悪いようにはならない…同僚にとんでもない大物が多いことを除けば。

「いいね。会社の受付嬢ってやつだ。彼女に僕らのことを紹介してくれる?」

…紹介時の説明に非常に苦労した。CEOもそうだが、数少ない同僚のプロフィールに彼女は目を剥いていた。
歴史上の大物ばかりで非常に申し訳無い。一部に至っては背景が大変なことになっている人物も含まれているので本当に申し訳無い。
どの人物もクセがあると思う。せめてものお詫びに万が一のセクハラ・パワハラのクレーム対応は私に任せてほしいと思う…ちゃんと申し伝えするから。
こんな職場で大丈夫だろうか。大丈夫じゃない気もする。

「何かあったらただではおかない」
「何もしないってば」
「部下をZENにしようとした前科持ちじゃん」
「僕もこれでも丸くなったよ。生前からずいぶん成長しているんだから」

身内に関して、私は割とモンスターだったようだ。嫌だったら辞めてもいいから、と何度か彼女に念押しした。

ついでに、精神界の知人を何人か紹介しておいた。神から眷属から普通の死者まで、情報量の多さに絶対に目を白黒させたと思う。重ね重ね申し訳無い。身近な人物である私の、隠しているわけではないが言っていなかった衝撃の一面(精神学協会会員+精神界探査能力持ち)にも、余計に驚かせているに違いない。本当に申し訳無い…。

「そういえば、差し支えなければ聞いてもいい? なんで亡くなったの? 亡くなったとは聞いたけど、まるでそれ以上の情報がなくてさ…」
「うーん、胸がなんか苦しかった気はする…」
(心臓…??)

これも葬儀のあとで分かることだが、ずっとうつ気味で体調が悪く、様々な薬や、食事量の不足で体が弱っていた。急死した人に見られるような病変がまるで見られず、原因不明だったということだ。
ふとした拍子にろうそくの火が消えるように、命の灯火も消えてしまった、ということらしい。
少し前まで似たような状態(初期)だった私も、ややもすればたどっていた結末なので、少しひやっとした。

【SITE:この世】

4月26日、火曜日。

葬儀場は思ったよりもずっと近い場所だった。迎えに来た叔父の車で家から十分も走ればすぐに着いた。
会場に入る前に、少しだけ勇気が必要だった。

いろんなことに勇気がいる。霊に憑かれて気分が悪くなるかもしれない。僧侶の念がきつかったら目を回すだろう。亡くなって命の消えた人の姿を見て、動揺せずにいられるだろうか。波動に振り回される自分のやわな体と心が情けなくなる。

既にあの世で彼女と話して、その後の身の振り方まで世話をした後だ。亡くなったことは分かっているのに、精神界と地続きの世界を生きていると、人の死の受け入れ方が少し分からなくなる。私にとっては、二度と会えない訳ではない。でも、波動が分からなかったり、死者の声を聞くことに慣れていない多くの人にとっては、永劫の別れだ。
この世からあの世に、お引越しをする時のお見送り、だと思えばいいのかもしれない。この世では二度と顔を合わせられないけど、でも、話したいと思えば、いつでも会いに行ける。電話で話せるようなものだ。

(葬儀場の雰囲気、思っていたより軽い…霊界の空気があるようでないというか。新しい場所だからかな…)

考えてみれば、そもそも日々葬儀が行われるだけの場に故人がいつまでも残っているわけもないのだが、それでも集まるときは集まるものだ。

初めて顔を合わせる、義理の叔母の家族に挨拶をする。
棺に近寄ってご遺体と対面すると、痩けた姿に少なからず衝撃を受けた。霊界に探しに行って顔を合わせたときの、彼女の憔悴していた印象を思い出した。
亡くなった姉の頭をひたすら撫でて労っている、従姉妹の背が切なかった。

(…大伯父が亡くなった時や、2ヶ月前のことは、本当に奇跡のような出来事だった…こんな…辛そうな顔で…)

眠るように安らかな顔で亡くなった人ばかりしか、見たことがなかったのに。

葬儀中、ふと気づくと、法華経をあげる僧侶の右隣に彼女の影が立っていた。所在無げに、ジーンズに長袖のシャツの、いつか見たようなラフな格好だった。

(来てるんだ)

気のせいか、某アメリカ人も私の隣に立って参列している気がする。「部下になる人の門出だからね」と聞こえた。君も来たのか。

初七日を兼ねた二度目の御焼香を眺めていると、不意に体が強張った。

(あ、やば…乗っ取られた)

意識が少し霞む。誰か別の人が乗っている。
体と意識があまりいつもどおりに動いてくれない。動かせるけど、三、四割ぐらい、思い通りにするために制限を受ける感じだ。
どう対処するか迷っていると、憑依してきたのは彼女だったらしい。すっと背筋がいつもよりまっすぐ伸びた。

『ごめんね。Mちゃん。ちょっとだけ借りるね』
『…あまり、人に怪しまれるようなことはしないでね。イタコの真似事はしないって決めてるから』

従姉でなければ、即刻、浄化と上昇で体の中から退去していただくところだったろう。導かれていない死霊の影響はあまりいいものではないし。

目線だけがきょろきょろと動く。たぶん、彼女は私の視界を借りていたのだろう。
叔母の後ろ姿を見て、お母さん、と。ぽつりと寂しそうな声が胸の内に落ちた。

結局、葬儀が終われば体は自由になった。

曇り空もあったとはいえ、火葬場のある場所が暗すぎて、マイクロバスの中から見た時、闇が濃すぎて視覚化したのかと思った。採光のための天窓もあるが、鬱蒼とした木立に覆われてほぼ機能していない。
いや、実際に、絶対に霊界のエネルギーが大量に滞留していたのだと思う。ここで浄化したらきっといくらか明るくなるだろうと思ったけれど、不特定多数の人のご遺体から出たかもしれない闇を浄化するのは、何か精神的にくるものがあって拒まれた。今はまだ、しんどくないし、何も不調は感じないし、見なかったことにしたい。たぶん、この場にもそこまで特に指向性のある、意志を遺した強いエネルギーはないのだろう。薄く形にならない想いしかない。

※だが、おそらくこの時、意図せずたくさん連れ帰ったらしい。帰った後の浄化と上昇では『蜘蛛の糸』もかくやというほど大量の人を光の層に吊り上げることになった。

(帰りたい……)

外よりも重い湿気(たぶんご遺体に含まれていた)とわずかに空間に残る焦熱の気配。生まれてはじめて、雰囲気だけで逃げ帰りたい気持ちになった。ホラー映画もかくやという陰惨ぶりで、こんな場所で彼女を送るの?ともっとマシな場所はなかったのかと切なくなる。叔父たちは波動が分からないから何も感じないのかもしれないが。遺体は燃えると、ためていた闇をその場で灰と共に残してしまうのだな、という、役に立つかどうか分からない知見も増えた。

それにしても、こんなところで燃やされるなんて心細すぎる。そしてここで働く人たちの精神は大丈夫なのだろうか。絶対に大丈夫じゃないと思う。
これなら霊界のほうが、だだっ広くてさらに真っ暗だけど、よほど清浄できれいで、何もなくて、落ち着くかもしれない。そんなことを思った。ここはとかく闇に不純物が多すぎる。深海で過ごすほうがまだマシだ。

中に入ると、最近の火葬場ではないのか、ものすごく陰気で暗くて、だだっ広い殺風景な広場に、五つ、重い扉が横に並んでいた。
一番左端と右端から二番目は、家名が入って点灯していた。
(お入りになっている…)と、さらに気が遠くなった。最新の焼き場はよその状況が見えないよう、個室みたいに仕切ってあったから、余計にいたたまれない。

つとめて何も感じない、考えないようにしながら、それでも棺を飲み込んだ中央の火葬炉の扉が閉まる時、(さようなら)と胸の奥でつぶやいた。

さようなら。また、向こうで。

 

【SITE:精神界】
4月28日、木曜日 夜

アメリカ人と霊界の株式?会社の緊急ミーティング。
なお、生身の体は帰宅中のため、体の意識により、電車に乗ったり歩いたり、半分自動操縦みたいな状態である。

「お腹がすいた…」
「大丈夫かい? チョコレートあるよ。食べる?」

ちっちゃな個包装の袋を男から手渡され、げんなりした。

「現実に食べないとブドウ糖は物理の脳に補給されないし、体も元気なんて出ないのだが?」
「いいからいいから、おやつに食べたらいいさ」

解せぬ。思いながら、好意を無下にするのもどうかと思って、ぺりっと包みを破った。

「Mちゃん、ペプシもあるよ」

ミーティングになぜか同席していた彼女に勧められて、小さな紙コップを手に取る。どうやら無事に新しい場所に馴染んでいるようだ。
で、紙コップを見てあることに気付いた。

「ひょっとしてこれ、副葬品だったお菓子とペプシ…?」

霊柩車に乗るため、ガッタンゴットン!とエレベーターから棺が降ろされてきたときに、(ラップしてあるけど絶対あれ中でペプシ倒れてこぼれるよね)と心配したあのペプシではないだろうか。

従姉は苦笑い気味に、「お義父さん、いっぱい持たせてくれたから…」。

余ってんのかい。確かにたくさんあったな、と大量のお菓子の袋が副葬品にあったことを思い出した。
そして副葬品は無事にあっちにお持込可なんだな、とまたしても役に立つかどうか分からない知識を得た。(どうでもいいが、宅配便みたいなもんなのだろうか、火葬って)
最終知識なんかはものすごい大長編ドキュメンタリーなので、副葬品となった場合、少なくとも向こうがいくら暇だからって、読みきるまで三日くらいはかかりそうだ。
こっちにきてちゃんと食べられるようなら良かったな、と思いつつペプシを飲んだ。

「Mちゃん、こっちで飲食しても味って分かるの?」
「分かるよ。現実ほど知覚は濃くはないけど、ペプシの炭酸の泡が唇にあたる感触とか、香りがするとか、酸味があるとか。そのぐらいのことならぼんやりとだけど分かる。チョコレートもアーモンドのクリスピーが入ってるんだね。ああ、よもつへぐいとかはないから心配はしなくて大丈夫だよ」
「「ヨモツヘグイ?」」

おっと、アメリカ人は耳慣れないとして、従姉も知らなかったか。

「死者の国の食べ物を生者が食べると、生きている世界に戻れなくなることだよ。神話とかでよく見られる話だね」
よくある話だったっけ。まれによくある話だったかもしれない。日本神話に興味がなかったら絶対に知らない単語だろう。日常生活ではまず見ない。

「もうそろそろ家だし、会議はこのへんで。またね」

とりあえず、亡くなった後も、いろいろ助けてあげられることはあるみたいだな、という話。