No.35

「ロシアの闇の蓋を割る」

3月2日、未明。

ふと、鼻先を焦げ臭い匂いが掠めた気がして、目が覚めた。

霊だろうか?
びしばしと部屋の中がラップ音を立てて軋んでいる。

上昇して寝直そうと思ったら、なぜかうまく上がれない。
どころか何か不穏な悪意の影が見える。
ホラーが苦手な人なら泣いてしまいそうなほど、おぞましい顔つきの異形の姿が頭をちらつく。

マトリョーシカのイメージが見えた瞬間、嫌な予感がした。

(あ、やば。これは…)

3月はロシアの闇が出てきたか…。
月初めのいつもの洗礼…と遠い目をした。

再度、上昇を試みる。まずは状況の把握から。

閉じ込められている、と感じる。

頭上には、闇の天蓋。

なんだこれ。硬い。
突破させない、という黒い意志が、意識に完全に蓋をしている。

真っ暗な世界なのに、血の色みたいな色彩を感じる。
姿のはっきりしない、明るめの緑と赤の極彩色の影が浮かぶ。
何かの目がこっちを見ている。

「最後の審判などあるものか」
「そんなものはあってはならない」

「おまえだ」
「おまえが潰れれば」
「次がなくなる」
「殺してやる」

あ、これやばそう。
早々に無力化しないと頭に深刻なダメージ受けて大変なことになる気がするので、早くなんとかしなければ、と思った。

(なかなか突破できない。焦るな…たぶんなんとかなるはず)

試行錯誤。上がろうとしてもうまく上がらないけど…
んー…

なんとかなりそうかな?
あのパターンで試してみるか。

「いや、それは無理でしょう」

言葉でも戦ってみよう。相手の動揺を誘いながら、突破口を探してみよう。

小宇宙ごと上昇してみると、少し効果がある。
殻の外側が燃えたような、でもあんまりびくともしないな…

「最後の審判などあるはずがない。起こさせない。起きてはならない」
「あるよ。最後の審判」

断言すると、影が揺らぐ。
よほどのものを作った自信があるのだろう。

黒い天蓋を探る。いつだったか、似たようなものを壊したことがある。

宇宙研究機構の悪魔たちが宇宙に築いていた、闇の結界のような。
でもあれよりタチ悪いな…

うん、でも、壊せそうだけど。
こんこん、とノミと槌のイメージで穴を開けてみる。なんとか一部を分解するなどしてみて、確認した。
どうやら意思の力で貫通はできるようだ。
すると外から光が差してきて、闇がざわめくような気配がした。穴は、すぐ塞がろうとするけども。

これ、外はちゃんと審判の層のような気がするな…。
でも人間が内側から探らなければ、天は探査できないな、きっと。

小さな穴しか開けられないとしても、工夫して大きく壊してみたらどうなるか。
ミシン穴のようにたくさん、盾のような形に撃ち抜いて、丸ごと蹴り抜いて大穴を開けてみる。

入り込んだ太い光の筋に闇が大騒ぎをした。
大きく闇が蠢いて柱を作って、やはり塞がれようとするけど。
ここまで来たなら、別の方法でどこかに光の経路は作れそうだ。
あるとするなら、どこだろう。

「私ってさ、きっと最終知識や最後の審判を証明するために人生作られてるんだよね」

揺さぶりが通じないどころか、逆にもっと強固なものを示されたと感じたのか、影が再び動揺する。

私自身、人生レベルでここまできっちり仕組まれてみれば、信じる信じないのレベルではなくて。
と、なると、ここで光を導くための答えは。

「はじまりの前から終わりの後まで。私を貫く、光の道すじ」

体のエネルギースポット全てを下から上まで貫く、時間と物語。
私の人生そのものが光への道になるなら、自身の未来から時間を通じて、審判の光の道筋として――よし、通った!
空間だけのアプローチではうまくいかないが、時間を加えればなんとかなる。

そんな方法で突破されると思わなかったのか、周りがざわめく。

審判の光がやっと、内からも外からも周りを埋め尽くした。脳内に詰まっていた暗黒が祓われていき、天蓋がバラバラと砕けて崩れ落ちると、こんな言葉が浮かんできた。

【闇の頭蓋】

焼けた遺骨の、頭蓋骨を砕く時のような、バリバリという感触がした。
これでロシアの蓋は開くのだろうか?

さて、その闇の頭蓋が崩れ落ちたその向こうに、さらに霧のような灰色の薄い膜がある。

体に分析させてみると、膜が分解されると、それは無数のキリル文字に変じて解けていくのが分かった。

ロシアの文字で作られた、最終知識にあるような、物語宇宙の結界のようなものだろうか。

では闇の頭蓋の正体は?
まだ再生しようとしているものを改めて砕いてみると、ハニカム構造状に割れている。六角形の真っ黒な破片を拾い上げて分析してみると、暗黒の芯、という言葉に続いて、一人の人間の名前のような音が浮かんでくる。

「チェレンスキー…?」

よくわからないが、チェレンスキー、シェレンスキー、と音が何度も聞こえてくる。
ロシアの歴史的な人物のようだ。

寝るのを諦めて、目を開いた。時計を見ると3:06。体感時間にして10分〜30分くらい試行錯誤していたような気がする。
夜も戦っているなんて、私もたいがい……いや、まあそんなものか。

暗い部屋の中、忘れないうちにとスマホで検索する。ブルーライトで目がしょぼしょぼする。

(アレクサンドル・ケレンスキー。ロシア革命の指導者のひとりで…軍の将校だった人)

プーチン大統領のウクライナ侵攻と、これがリンクしているのだろうか……
それとも、これが、ロシアを暗黒の物語の舞台に閉じ込める役割を果たしたのか。

あの極彩色の悪意の影の正体はケレンスキーだったのだろうか。

考えたけど答えは出ない。こうして文章として記録していたら、時間は4:06になっていた。

寝直そう、と思った。
こうしてだいたい、夜中に対応するので、翌朝疲労気味に仕事に出かけることもある。