No. 10

「とりつくもの」

苛立ち、あるいは不安。
電車の中で私はとかく何かを捕まえるらしい。

朝の通勤電車が十分そこそこ遅れる。
そう車内でアナウンスがあっても、現在の仕事は完全なフレックス制。就業時間帯をほんの少しずらせばカバーできるほどの誤差だし、何ならここ数日は残業続きだった。勤め先に予定として届けていた時刻には不可抗力ながら遅刻するが、そこにさえ目を瞑れば、大して問題はない。大事なアポの約束もない。ついでに言えば、十分程度の遅れで、上司の携帯の通知画面にメッセージをもう一つ追加するというのも気が引ける。
さっくり諦めて大人しく到着を待つ方向に切り替えたものの、どうも苛立ちが収まらない。これは私の感情由来ではないらしい。とりあえず浄化と上昇を試そうとして――何かが意識のセンサーにひっかかった。
何か、ことばに反応する気配がした。私が自身の場に向けて発した「去りなさい」ということばに、従わずに残ろうとするものがいる。
みぞおちあたり、体の中の精神的な場に意識の目を向けてみる。
握りこぶしほどの淡く白い光を放つ丸いたま。これが最終知識や光文書にでてくる「みたま」というやつか、と思った。案外簡単に見つかる。
それにぺったり張り付いている小さな黒い龍がいた。これを悪魔といっていいのか悪霊といっていいのかよくわからないが、とりあえず私の精神を削ってくる苛立ち・不安・ストレスの原因はこれだなと分かった。言うなればドラゴンが守る、もとい占領している宝玉の図だ。どこから来たか分からないけれど、とりあえず怪しいやつは発見した。
どう考えてもこれ(私のみたまらしき光るたま)は自分のものだと主張をしているように見える。

体の場である小宇宙を探索する時、意識体としてのイメージの自分は、小さな人差し指ほどの大きさ。
龍の前に立ち、明確に言葉をかけてみることにした。

私のみたまの主人は私です
あなたではない

龍は驚いて頭をもたげ、恐れたように顎を引いた。冷や水でも浴びたような表情で、人間にこんな言葉をかけられるとは思わなかったようだった。

私の意識の光に反するもの
私の体の光に反するものである自覚があるならば いいえ 自覚があるないにかかわらず
あなたは私の場より去るべきだ
退出を命じます

触れるな、と言外に伝えると、龍は居心地が悪そうに光のたまから体を離した。明確に対象として認識した上では、逆らうことができないのだろうか。

なぜ、私の支配者になろうとしたのか

問いかければ、その龍は答えることができなかった。支配を望んだ自分の方が分が悪いと知っていたのか、すんなりと彼はそのまま私の意識の領域から去っていった。

意識を引き戻してくると、神社で洗われた後のようにすっきりと体は晴れ渡り、気分も爽快になっていた。先程まで感じていたストレスも苛立ちもどこにもない。
この前入り込んできたものよりは物分りがよくて可愛らしい存在だったなぁ、と思った。あちらは人の領域で威張り散らし、喚き散らしたので、問答無用にイコンの力を借りて去らせた。
同時に、確かにあれは現実に存在し、人間に影響を与えるものなのだ、という実感も湧き上がる。

…しかし、私のところから去っていったとしても、彼は別の人のところに行くだけなのでは?と思いあたった。
あとあとこっそりお手洗いにでも入ってダークシールを使うべきだったかもしれない。