報道の死

この二千二十年になってからの日本国内の報道機関のニュースのつくり方、あるいは、報道姿勢というものの背後にあるイデオロギー性が誰の目にもあきらかなものになって、近現代の文明を支えてきた報道というプラットホームが、過去の遺物になる日が近づいています。
とくに、コロナの感染者数の報道と、今回の台風の過剰なくらいの恐怖の煽り方に、ほとんど、戦前の日本の戦争を煽り続けた報道姿勢と同質なものを感じた日本人もいたはずです。これが、明治維新から今日までの歴史の結果なのです。
ことしの中国大陸の洪水から、今回の台風までの一連の動きは、私の知るところでは、中国の天帝たる龍とその配下の龍神界による大陸と朝鮮半島の統治者たるものの不支持の表明であり、日本列島を目標としたものではありませんでした。
この二十一世紀に入ってから、すでに二十年が経過していますが、今世紀中に、台風の規模が拡大し、風速八十メートルもあり得るとの予想は、すでにされていました。その台風の大型化が進むと、これまでの日本のインフラでは耐えられなくなるということも、すでに知られていたことなのです。それらの問題の本質とは別なところで、不安を煽ることで、誰が得をしているのかを考えるべき時が来ているのでしょう。
残念ながら、日本放送協会というものは、戦前の国策によってつくられた組織で、民間のものではありません。
その所有権は不明で、いまのところ国民のものでも、国家のものでもないのですが、法律によって定められているので、国会が、決めればよいことになるはずです。それまでは、組織体の構成員が、まるで、自分たちのもののごとく振舞うことになります。結果として、日本国民でなくても就職でき、職員は平均で二千万円近くの年棒を得ている特権的組織となっています。問題は、その日本放送協会なるものが、日本国の利益のために行動することができない組織として、日本国内の反日組織の代弁者として、存在しているというところにあります。これと同じように機能しているのが、共同通信社という戦前の国策通信社を中心とした、地方新聞というローカルメディア群で、それらの企業の多くは非上場でありながら、地方のテレビ局も所有するという戦後のある時期に見られた日本型社会主義のシステムをいまも維持する事業分野となっています。
つまり、それらの企業群においては、たとえオーナーが別の意見を持っていたとしても、組織の参加者、とくに労組の声が、メディアの報道姿勢をつくっているということになります。ここに、日本の闇があるのです。
このような日本のメディアではたらく人間たちのなかに、多くの共産主義にシンパシーを持つ人間が働き、その彼らの人脈に、たとえば、中国共産党の意向を受けた人間グループがはたらきかけることで、いまの報道姿勢というものが生まれています。
イデオロギー性という面では、よく知られているように、日本国内に左派政党にシンパシーを持つ国民は、常に三十パーセント程度存在しています。ところが、日本のメディアで働く人間のほとんどが、このイデオロギータイプの人間なのです。
採用の時の面接担当者が、そういう人間なら、彼は当然のこととして、自分のイデオロギーに近しい人間を選びます。それに加えて、同和問題や朝鮮民族等の問題で、大衆動員という圧力をかけられた多くの組織は、彼らのグループの子弟等に特別な就職の枠を与えました。
こうした敗戦後の負の遺産が表に出るかたちで、日本の報道というものが死に直面しています。この問題は、アメリカのディープステートといわれるような人間グループが所有するマスメディアの、たとえば反トランプの報道とは違い、日本国内の資本主義的な所有と非所有の関係とは別なかたちで形成されてしまった、共産主義的または社会主義的システムで運営されているメディアの正体が明らかになる過程で生じているものなのです。もっと分り易くいうと、共産党中国のメディアと、アメリカのメディアの中間のような、自主的にどこかに忖度するメディアが、日本のメディアだということになります。そこに、日本の不幸があります。日本人は悪意のフェイクニュースには、不快感を憶えるので、それとは別の情報伝達の方式が使われていると考えてみてください。すると、大手マスコミが誰の代弁者となっているかが分ります。このままでは、アメリカと中国と共に、日本文明も死に到る可能性が高いことに気付くべき時が来ています。

二千二十年九月十日 積哲夫 記

 


見る人が見るとゴーストが映っている…坂本敏夫のYouTube、プリズンゴーストを紹介します。
https://youtu.be/XO5ZeW_RfWs