神民国家

国家という言葉は、明治の日本人がつくり出したものですが、国を家のように考えるという発想そのものが、神武天皇のストーリーなしには生まれ得ないものです。
明治の日本人がつくり出した漢字の言葉が、いまの東アジアの共通語のベースになっていることを冷静に考えると、私たちの先人は偉大であったともいえるし、たとえば、コミュニズムを共産主義と訳したことで、ある種の幻想を与えてしまったというマイナス面も多くつくり出してしまったともいえます。現在、巨大化して、世界に進出しようとしている、中国共産党を言語的に育てたのは、明治の日本文化だったということを、私たちは忘れてはならないのです。そして、コトダマ的にいうなら、先人たちがつくり出した西洋の翻訳の言葉群には、ヤマト言葉の持つオトダマ、コトダマが宿っていなかったというのが私の知らされているところです。それらの今日の日本人が使っている言葉に、かつて存在した神界語としての日本語を重ねるために、「最終知識」という書が生まれたというのが、ここへ来て、私が公開することが許された、神秘なのです。
明治の日本が国家的に整えた神道は、残念ながら、日本神界には承認されず、結果として、そこで使われている言葉には、神々に届くオトダマ、コトダマの機能が失われてしまいました。
神々の座に届く、オトダマ、コトダマを使えたのは、万葉集以前の頃の日本人まで歴史をさかのぼらないと出会えないのかもしれませんが、この二十一世紀に入って、仏教伝来のあとの時代の、よりよきたましいが、数多く、光の領域、つまり、かつての神界に引き上げられています。それが、何を意味しているかというと、明治百五十年の終わりによって、仏教伝来以降の光を失ったこのクニの歴史にも、正しく光が宿りはじめたということです。
かつて存在した日本神界の言葉のデータが、「最終知識」という言葉によって、最新のデータに更新され、それによって、これまでデータ不足だったこのクニの歴史に光が宿ることになったといえばいいのでしょう。
明治につくられた大日本帝国憲法が目指したのは、天皇を頂点とする、いわば臣民国家でした。その下に多くの民が統治されるという国家がそこで描かれたのですが、その臣民国家は、一千九百四十五年の敗戦によって、もろくも崩れ去りました。そこに、神々の支持がなかった結果が、その歴史を生みました。ところが、このタイミングで、天からのデータ、または言葉として、私にくだっているのは、臣民という文字ではなく、神民という文字なのです。
この御代がわりのタイミングで、その言葉が降りてきているのは、まもなく退位される今上天皇によって、「おおみこころ」が完成した結果、「おおみたから」もデータ的には完成しているということになるからです。
完成した「おおみたから」つまり一般国民とは、言葉をかえると神民ということになります。それは、神に属する民ということです。そこに臣はいりません。
最後の一厘の先にあるのは、この神民国家、または、神民民主主義という、タカアマハラと同じ統治システムと考えればいいのです。日本人の多くは、このタカアマハラの民主システムが、ある種の原始共産主義と信じているために、西洋から入ってきたコミュニズムに、ある種の幻想を抱いてしまいました。
その結果として、西欧の先進国の多くで、共産主義が反社会的な勢力の思想として理解されたにもかかわらず、日本では社会の各層で、いまも多くの影響力がある現状があります。それは、敗戦後のGHQの政策だけによるものではなく、明治の日本人の善意の結果でもあるのです。いま、この状況を変えるために、普通の日本人の意識を歴史に向けさせる大きなちからがはたらいています。歴史の真実があきらかになれば、言葉の幻想は失われます。
多くの言葉が使われ、多くの人間の意識の方向性をねじ曲げてきたこのクニの近現代史がそれによって正しい方向へ導かれるのでしょう。
来年からの予告めきますが、日本語のオトダマ、コトダマの復活のために何かがはじまるはずです。

二千十八年十二月十三日 積哲夫 記


【いままで隠されていた文書の再公開/霊性時代・最終回】 

これから、人間へ。

いままで、呼びかけていた地球の神格が責任を取るために人間世界へおりたことは、すでにお伝えしたとおりです。
このサイトは、これまで、地球の神々と人間の両方に、やまとことばという手法で、情報伝達をするという活動をしてきました。<みおや>さまのことばは、ごく少数の人間には伝わりましたが、残念ながら、ほとんどの人間では意識下に封印されてしまったようです。
しかし、<みおや>下降のニュースは、神々には衝撃を与えました。<ひつくのかみ>のブログは、神々の強烈な怒りの一端を伝えるに過ぎません。その他、地球の破壊神ともいうべき、神々からの怒りのメッセージも届いています。それらは、<秘密ファイル>に入れて、会員の方だけにお伝えしておきます。
いずれにしろ、ステージが変わりました。
これからは、宗教的な、あるいは精神世界コーナー的な印象から離れ、誤解が生まれない知のステージで、情報をお伝えすることになるでしょう。
人間はいま、光の人と闇の人に分離をはじめています。<みおや>さまが地に降りるとは、そういうことだったのだと、やがて歴史が語るでしょう。
人間の霊性を語るときが終わったので、霊性時代というタイトルでの記述はこれで終了いたします。

2006年3月24日 積哲夫 記