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Vol.604

六月革命説

この二千十八年六月、日本列島に置かれていた最後の一厘の仕組みが半分成就し、半分は人間界の問題で失敗し、地球全体が次のステージに移行してしまうという情報が私のもとに届いています。残念ながら、このままでは、多くの日本人のたましいが、右側、つまり、永遠の命の側にではなく、左側、つまり、暗黒面に閉ざされることになります。
たぶん、それもあって、これまで続けてきたシンロジー・マガジンの三つの情報提供をそれぞれ独立させよ、との指示が天から下っているのでしょう。
今回は、そのなかの、「神を超えよ!仏を超えよ!」の私の対談の主旨を、これから人間は死んだらどうなるのか、というテーマに移して、このゴッドブレインのサブチャンネルとしての情報開示をはじめることにした理由を解説します。
この二十一世紀に入るまで、人間のたましいは、死後、あの世というところに行く道筋が、この地上に、もっぱら、宗教的知識を根拠につくられていました。そのルートに乗れない、多くの人間のたましいは、この世に留まるにしても、たとえば、墓場の墓石をその拠り所としていたと、私は認識しています。
つまり、死者の霊も、この世の人間にかかわらないという過去のルールの適用を受けていたという理解が可能でした。
ところが、二十一世紀に入って、あの世がこの世に重なってから、墓場にいた人間霊の姿は消え、家にそのまま住み続けたり、場合によっては、生きている人間の小宇宙のなかに入ってしまうものが増加しています。
最悪の死霊が、自殺者から自殺者へと移り、さらに自殺者を増加させるはたらきをするものなのですが、過去の宗教では、このタイプの悪霊を人間の小宇宙から排除することはできません。人間の小宇宙というものは、まったく別の宇宙なので、そこに、あることが解ったとしても、たとえば、手を突っ込んで取り除くというようなことはできないのです。それらの知識は、精神学の正しい学びのなかにあるのですが、残念ながら、人間が身体を持っている間は、その身体の主人である人間のたましいの内側で、光の側が勝利することによってしか、解決はなされません。唯一、そのチャンスが与えられるのが、人間が死ぬタイミングなのです。つまり、人間が死んで、たましいというか霊体が、抜け出るときに、光と闇が分離できればいいのです。ところが、これに失敗すると、人間が生まれるときに与えられた、神または神々のわけみたまも、死霊の小宇宙のなかに閉ざされるという最悪の結果をもたらします。
最後の一厘の仕組みを地上に置いた時点では、人間の闇は、ここまで深くなかったのでしょう。それが、冒頭に書いた半分成就して、半分は人間界の問題で失敗したということの説明になります。つまり、このままでは、人間は、神または神々のワケミタマの容器であるという、これまでの精神界のルールから離れるという時空に突入してしまうことになります。その先にあるのは、弱肉強食の動物的本能が支配する、生きても地獄、死んでも地獄の世界です。現実のこの世を見てみれば、ほとんど、その世界が、近未来の姿です。
死んだら終わり文明が完全に支配する地上に、神や神々の意識が、降りなければならない理由もないのです。
私は、これまでもくり返し、日本列島のみが、神や神々の目指した光の世界への道しるべを記した場であり、その地図を読めるのは日本語脳を持つものだけなのだといい続けてきました。その知から、生きている間に、右に行くのか、左に行くのか、を、広く日本人に問いかけるタイミングが来たのです。そのための入口として、死んだらどうなるのかをお知らせすることを、間もなくはじめます。

二千十八年六月七日 積哲夫 記


YouTubeのゴッドブレインチャンネルに、身体に光 akikoのライト コンシャス ダンス その3(ラフマニノフ)をアップロードしました。
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