やるやる詐欺をなくすためには
今日からできること、すぐにでもとりかかれること、とっかかりを作っておくことが詐欺にならないコツ。

企業経営者は、自分の目標がなんなのかを常に考える。

中期経営計画がなぜあるのか?
ブレないためだ。十年後を見据えて、五年後にどうなっているべきかのビジョンを持たなければ、この一年でどうすべきかの方針が持てない。
五個の点を打って、一年ごとのステップ(目標)を作るのだ。そうして最初の一年で何をすべきか、さらに小さく点を打つ。
ゴールからの発想というやつで、大学受験の時に、指導塾でこれを頭に叩き込まれた。

ビジョンが作れないなら、喫緊の課題がないか、改善したいことがないかを書いてもいい。
神社に行って神様とするのはお願いごとではなく相談と考えること。人事を尽くして(それがよく言われている99%)、もはや万事休すとなった時にしか人は神がかれない(これが1%)。
古今東西、もうだめだと追い詰められた時に人間が閃くことを思い出して欲しい。それこそが神様からの啓示(インスピレーション)だ。

いろいろ教えてくれる時もあるし、アイデアをくれる時もある。直接人の意識に声を届けるだけが神様たちの手段ではない。全てのものに神宿るという言葉があるように、あらゆるところからお知らせがあるし、導いてくれる。偶然は神なりという言葉があるように。

だから、信じる。
どこにいっても。なにをしていても、いつも、神様と共に生きて、神様を信じて、神様に惚れ抜いて、一緒に歩いていく。
一生、神様たちは一緒にいてくれる。いつでも繋がって生きている。

そうと分かったら、絶対の自信と安心が、手に入る。とりあえず役に立つかどうかは横に置いておいて、いつだって心の支えになってくれる人が隣にいることほど、心強いことはない。一人ではない。

「神様。私は時々だらしないところもあるし、お世辞にも出来た人間とはとても言えないかもしれない。だけどそれでも世界を変えていきたい。こんな社会は嫌です。みんなが幸せになれる世界が欲しい。そのためにできることがあるならば、やりたいんです。前に進みたいんです。どうぞ、私にも、お役目を授けてください」

しかし、それでもイエスがかつて祈ったように、
全ては御心のままにしてください、と祈るしかない。

私は時々やけくそのようになる時がある。
自分の運命を丸ごと天にぶん投げた(捧げたの間違い)時もそうだ。なるようになれ精神。特に踏み出す勇気がない時はそうなる。
迷ったり躊躇ったり、恐れたりする時が、飛び込むべき時だ。それでも恐い。挙動不審にもなる。ヘタレだ。
いろんなエネルギーを浴びて辟易している時には、神様無理です、と愚痴も弱音もよく吐く。神様たちもとりあえず話ぐらいは聞いてくれる。そして叱咤激励される。

最後にはいつも私は祈る。
どうぞ、前に進む勇気を持てますように、御守りください、と。
助けてくださいとは、祈らない。祈れない。

人は、寂しい。神も、寂しいのだ。
声を聞いてと言っている。
声とは、音の波だけではない。
万象から、声なき声を聞いてくれと、私たちのことを思い出してと、神様たちが言っている。

そうしてもらったアイデアも、自分の頭に浮かんだことも、その都度ノートに記録している。そのうちで使い物になるのはほとんどないこともあるが、毎日でも書いている。スマートフォンのメモ帳でもなんでも、手元にあるもので記録をとる。

バレットジャーナル(日々の雑事、頭に浮かんだことを自己管理していくためにADHDの人が編み出したノート術)をシンプルに使って、自分の思考と行動の跡を追いかける。社会人大好きPDCAのPlanとDoとCheckとActionが、すべて、ノートに書いたタスクのライフサイクルとして組み込まれている。

分からないこと、知らないことが出てくれば、自分で調査もする。必要だったらお金も払って本を手に入れて読むこともしょっちゅうある。Youtubeで検索して他の人が紹介している考え方、やり方を勉強することもある。いい時代になったと思う。動画の再生時の広告収入があるおかげで、いろんな人が解説動画を作ってくれている。高いお金を払わなければ聞けないような情報も聞ける。(ただし結局、時間の節約や広告を非表示にするためにGoogleにお金を払っているが)
最近は、自分の絵の描き方に課題があると思って、上達した人のやり方の話をYoutubeで聞いている。

神様たちのビジョンははっきりしている。
彼らは世界に帰る、と言った。
なら私がやるべきは、私にできることで、どうしたらその手伝いができるのかを考えることだ。

私は彼らを世界に帰す。

人生はあまりにも短く、使える時間も手も限られている。
だから必死になるしかない。

自身の怠惰もまたある意味で自分の闇というか、負の側面との戦いで。
戦いとは、人が思うような悪魔との戦いもあるけれども、自身も光と闇の合体物であることを、忘れてはいけない。
敵には、だらしない自分自身も含まれている。

まず自分と戦わなければ、働くこともできない。

やること、やれることは片っ端からとっとと索敵して片付けるのが正解。
常在戦場。時間など、最初から足りていないのが当たり前。締切が来る前に、文句も飲んで、遊びたがるのも我慢して、泥臭かろうがダサかろうがかっこ悪かろうが何だろうが、淡々と前に進めていくしかないのだ。
くさっている暇がない。

へっぴり腰なりに、覚悟を決める。ここからが最前線だ。