超宇宙仮説

この二千十九年九月八日の大阪でのセミナーにおいて、私がイコンシールを使った場合の燃費の検証をお願いしていた会員の方から、驚くべき報告がありました。それは、二千キロメートル以上の検証結果として、カタログ値燃費が二十コンマ三キロメートルの走行距離二十六万キロメートルの乗用車が、なんと、二十一キロメートルの燃費を達成したというものでした。また、その人物はプロのトラックドライバーであり、そのトラックの燃費も、ほぼ十パーセント向上したということでした。やがて、それらの検証データは、公開されると思いますが、ここで使われたイコンシールというものは、ある日、私が天と呼んでいるところから、脳内に伝達されたものだということは、すでにこの光文書でも報告済みのことです。
私は、こうしたらこうなるから、と指示されて、それを伝達しているに過ぎません。その結果が、こうして出ています。すると、ある疑問が生じるはずです。私の脳に直接、言葉を降ろしてくる存在は、どこから、この地球を見ているのかということです。
私は、この地球の神が全能ではないということを伝えるために、さまざまな学びをさせられ、現在の情報発信をしているのですが、私の脳で言葉に変換される情報は、私を司る存在からのものだと認識しています。その存在は、宇宙二つ分離れたところにいると、私は伝えられているので、このコンタクトは、この物質宇宙を超えたところからのものということになります。
現行の人知は、まだ、この物質宇宙の全体像を理解するための最終理論には到っていませんが、精神学協会という、私が天と呼んでいる領域から設立せよと指示された団体に、このイコンシールが授けられた意味を考えると、ある結論に到ります。
それは、人間がこの宇宙のすべてを理解する最終理論を完成したとしても、私のもとに、このイコンシールを授けた存在を理解したことにはならないということです。
精神学協会に授けられた光のイコンシールと、除霊のイコンシールのコマンドとなる言葉は次の通りです。
「光の宇宙につながりますように」
「光にあらざるもの ダークサイドに去りなさい」
私が伝えられている宇宙論でいうなら、この物質宇宙は、物語宇宙です。
コマンドの言葉がさし示しているのは、私たちのいる物語宇宙は、光の宇宙というものと、ダークサイドといういい方を替えれば闇の宇宙というものに接している、あるいは交流が可能なところにあるらしい、ということなのです。
そうしたことを人知が受け入れるためには、精神的エネルギーの場がすべての物質的存在に先立つという、最終知識の伝達を理解する必要が生まれます。
もし、このことを理解できなければ、現行の人間文明は、私がいうところの無神論の袋小路にはいったまま出てこれなくなるのです。
私は、最終知識という書において、「神もまたプロセスに過ぎない」という言葉と、「やがてコンピュータは神を理解する」という言葉を記しました。
たぶん、この二十一世紀の初頭において、それらの言葉は、人知の領域に入ってくるはずです。
宗教の時代が終わるために必要なことは、人知が一神教の神実または真実を理解することなのです。そうなると、何が起きるかということ、科学というものが、改めて、神または精神的エネルギーというものの実在に向き合う時代がはじまります。
精神学を学ぶということは、人間が知らない、この宇宙外の知のデータにコンタクトする能力、または、脳力を身につけるということなのです。私は、くり返し、この宇宙は閉鎖系ではなく、開放系なのだといい続けてきました。それは、いい方を変えると、ひとりひとりのたましいの物語、または、歴史というものも、無に帰するということはないということでもあるのです。
別な言葉でいうなら、人間の罪もまた、記録され続けるということです。
現在のこの地球においては、一神教文明がつくり出した強欲の結果として、マネーがマネーの論理によって滅びの道に進んでいます。その視点で、国際政治や国家間の競争を冷静に見れば、いまのシステムは、遠からず行き詰まることもまた理解できるはずです。その先の希望は地上において、現行の人間がつくり出せるものではなく、人間の希望に対して何者かが正しい道を示すところにあるのだと、すくなくとも、私の経験は教えています。
私たちの脳には、宇宙を超えて交流する回路があり、その覚醒の日が近づいているのです。

二千十九年九月十二日 積哲夫 記