ユダヤ民族と日本民族

いまの世界で、頭のいい民族といえばユダヤ系ということに異論はないと思います。そのユダヤ人は、建国されたイスラエルに六百万人超、アメリカ合衆国に、五百万人超、全世界で一千三百四十五万人(二千十四年のデータ)の人口だとされています。ただ、現在のユダヤ人というものは、日本民族のような共通のDNAを持つ人間グループではなく、宗教的コミュニティに属する一族のようです。
一方で、現在の日本民族は、一億二千万人超で、いまの日本国民のほとんどが、この日本列島上で形成された共通のDNAを持つ人間グループだといえます。
ユダヤ人は、日本人の十分の一の人口なのに、この世界の金融や科学技術、さらには芸術の分野にまで、圧倒的な存在感を示しているわけです。現に、もともとは、イギリス系の白人種というべきアングロ・サクソン系の民族が支配的な勢力を持っていたアメリカ合衆国で、二十世紀のほぼ百年で、ユダヤ人がウォール街をはじめ、マスメディア、ハリウッドの映画産業といった産業分野だけではなく、大学や研究所での科学技術の指導的なポジションまでを獲得するに到っています。
アメリカの富を握っているとされる、超富裕層の多くが、ユダヤ人であり、彼らの政治献金なしに、アメリカの大統領は生まれないと長い間、信じられてきました。つまり、世界のマネーと情報と先端的科学技術を、ユダヤ系といわれる人間グループが握っているのです。
ここから、先は、私が伝えられている、ユダヤ人の頭の良さに関する精神界の説明です。
なぜ、ユダヤ人は頭が良いのか、に関する精神界からの伝達は、彼らが神によって選ばれた民族、という神話を持つからだ、ということです。「聖書が、現在のこの世界の知の限界を規定していることに、そろそろ、気がつきなさい」という言葉があります。
神によって生命の息吹きを与えられ、神によって選ばれた民では、その限界を超えることはできないのです。そのポジションは、神の所有物ということです。それが、西欧文明の限界でもあります。それに対して、日本民族には、神の子孫が地上に降りて建国した国で形成された人種という神話があります。
日本人は神の所有物ではなく、神の子孫なのです。これが、日本列島に奴隷制が定着しなかった最大の理由なのです。このような神話にもとづく、自分たちのアイデンティティを失うと、どうなるかを、いまの日本が示しているといえばいいのでしょう。
日本のマスメディアに代表される、多くの国民感情では、ノーベル賞についての好感がありますが、本来ならば、第一回目のノーベル賞は、もし、人種差別がなければ、北里柴三郎に与えられたはずだったということを知らない国民がほとんどです。
北里柴三郎が生まれ育ったのは、九州の山間部であり、エリート教育を受けたわけではありません。そこから、世界史に残る業績をあげた人材が輩出されたということは、その時代の教育が、今日のものより優れたものであったことを示しています。
現在の日本の教育で、そうした世界的な業績をあげる人材が育つ可能性は、精神界の主張によればゼロなのです。同じことは、アメリカの高等教育にもいえて、高額な教育費を払ったとしても、それにふさわしいリターンは望むべくもない時代に入っています。つまり、教育というものが無効化しているということです。それに気がつくと、精神界から次のように警告が発せられていることに納得がいくはずなのです。
「人間は、いまの自分に到った生命の時間を背負っている。そこには、DNA的な記憶もあれば、歴史的な事象の記憶もある。歴史がつくり変えることのできないものと知れば、日本の歴史は世界に稀有なもの、唯一のものという意味の重大さがわかる」というものです。
日本列島において、その歴史は、精神界のデータにメモリーされており、人為的なつくり変えをしても、正しいデータへの復元力がはたらくことを、これまでの精神学協会の歩みを知っている人間ならば理解できるはずです。これが、入口で、「神の子孫という日本神話を教育の原点とすれば、日本人の知力は、聖書の選民たちを超える」というのが精神界の伝えたいことなのです。

二千十九年五月三十日 積哲夫 記