時が来た

この二千十九年の八月から、日本列島で、一般の日本人にもわかるかたちで、霊界が人間界と同じ時空にあることが進行していくことになるようです。具体的には、霊的なエネルギーに感応する人間が増加して、死者の霊がこの世に滞留していることへ気付きがはじまります。
私は、二十一世紀は、日本人がこれまで持っていた死者を送る文化が機能しなくなると、いい続けてきましたが、すでにお葬式もお墓も、これまでのやり方では続けられなくなる、または、文化的にも社会的にも維持できない時代がはじまっています。
平成の時代の日本は、介護の時代で、そこに多くの社会的投資がなされました。令和の時代の日本は、死に向き合う時代で、人間の死と、その後のことが、社会的にも経済的にも、大きなテーマになります。そこに、宗教文化はほとんど影響力を持たないだろうと、私は予測しています。なぜかというと、このクニのこれまでの精神界は、そこに仏教霊界という場が存在し、一応、死者の霊は、そこに留まっていたからです。ところが、いま進行中のことは、その仏教霊界の消滅の方向なのであり、たとえば、葬式という死者を送る儀式において、仏僧が導師として、死者の霊を導くことなどできないということを、多くの人間が知る時代がはじまっているのです。
人間世界は、死後の領域を、宗教という文化に委ねてきたわけですが、無神論の人間が増加し、死後の世界というものの世界観が失われた精神活動をこの日本で七十数年続けた結果、その宗教を根幹で支えてきた死霊のエネルギーの領域を、保持してきた日本人の信仰心というものが、ほぼ消滅したのです。
ここで、仏教霊界という日本独自の霊界が、ダム湖のようなものだと想定してみてください。そのダムは、生きている人間の信仰心というもので、死霊のエネルギーがこの世に逆流するのを防いでいたというのが、私の認識です。
宗教の時代が終わるというのは、そういうことなのです。すべてのたましいは、やがて裁かれるために、どこかに置かれていましたが、日本というクニにおいて、その最大の場が仏教霊界というところだったといえばいいのでしょう。やがて、多くの人間が理解することになる精神界の秘密をここで開示してしまうと、この仏教霊界というものが、実は日本社会における生きている人間の無意識領域に作用してきて、これまでの文化や芸術、芸能などから、政治、経済まで、大きな影響を与えてきたのですが、それも変わるはずです。
不思議なことですが、仏教霊界というものは、たぶん、人間世界の無神論者の政治的主張にシンパシーを持つもののようで、それが、人間優位の仏界という、神界と魔界の中間に位置する領域の特性なのです。
敗戦までの日本の霊界は、たとえば、靖國神社に行くべきものも、同時に仏教霊界に留まれるような、ところがあったのですが、戦後は、なにより靖國神社にまつられるべき死者が生じなくなった結果として、そうした流動性は消滅してしまっています。
ここで、私がお伝えしている日本列島に生まれたたましいに、次はないという情報を思い起こしてください。
この地球上において、日本列島は人間が正しく生きることによって、神にも、仏にもなれる場として、天によって用意された場所だったのです。
ですから菅原道真は、神格を得ることができました。空海は、仏教者としての知識のほかに、神界からの命を受けて、この日本列島のデータを守る結界をつくることができました。
私がお伝えしている、ブッダも人間だった、イエスも人間だった、という出発点は、ある時までの日本人にとっては、たぶん、普通にわかることだったのです。
いま、このクニは、本来の日本列島の立ち位置にもどるべく、過去の精神的エネルギーの場における負債の処理をはじめたと、いっていいのでしょう。
それが、時が来た、という言葉で、この八月にはじまりました。
この変動と、日韓、日中、日米という過去の負債の整理が実は連動していることもやがてあきらかになるはずです。
日本人のなかで、死という問題に向き合う人間が増えることが、世界における日本の地位を変えることに気付くと、大東亜戦争の問題も靖國の問題も、歴史戦の問題も、すべて解決されることがわかるはずです。

二千十九年八月一日 積哲夫 記