地球の運命

この二千二十一年に、人間世界をコントロールしてきた闇の勢力の正体が、いまの人間のたましいの元たる精神的存在の認識の対象になる日がくるようです。たぶん、その日は近いと、私は感じています。
その闇の正体が暴かれないと、最後の審判が起きる前に、文明の滅びが生じてしまいます。
私の認識の対象は、精神界なので、日本及びアメリカの多くの人間が興味を持っている、アメリカの大統領選挙の背後で進行中とされる、人間界の光と闇の戦いとは、同じものではありません。ただし、この世は、かの世界のうつし世とされているので、精神界において過去にあった戦いの反映であることは、間違いのないところでしょう。ただ、その敵対するものの正体は、いまだに闇の中にあります。その戦いのために、かつて日本神界といわれていた場において、剣神界と呼ばれていた、光のつるぎを持つ神界のほとんどが、日本列島を出て、地球そのものを闇の中から救うためにはたらいています。
私は、神や神々は死なないと、お伝えしてきましたが、今回の戦いでは、どうやら、かなりの犠牲が出ているようなのです。やがて、すべてが終わった時には、その報告がなされるはずですが、まだ、その戦いは進行中です。
進行中なのですが、私が、この二千二十一年の三月には、変化が生じるとお伝えしていることには、根拠があって、それは、聖書の言葉のパワーが、あるべき姿で発揮される用意が進んでいることを知っているからです。
詳細は三月に入ってから、発表しますが、精神学協会に授けられているイコンのコマンドが、変更されるはずです。それによって、聖書の新約と旧約の間には、ある種の意志がはたらいて、この壮大な物語を、用意してきたのだと、多くの人間が知ることになります。これによって、何が起きるのかというと、聖書の神に対抗して、人間を支配してきた神または悪魔のような意識体と、生きている人間が、神の光と共に戦えるようになります。
アメリカを支配してきた人間世界の闇の深さは、普通の人間が期待しているような、覚醒したとされる人間グループの活動や、チャネリングでつながる意識空間の住人の指導などで、解決できるものではないというのが、私の知らされているところです。それでも、人間は、この問題を解決していくでしょう。
この問題に立ち向かう勇気を獲得することこそが、精神学協会がこの世に存在しているテーマでもあるからです。
敵を正しく知らなければ、戦いに勝利することはできません。
精神学がお伝えしている、愛と勇気と正義の三位一体というものの根拠は、それが、完成したかたちを、人間は神と呼ぶべきものだからです。聖書というものは、そうした神という存在を完成させるために地上に置かれ、そのいちばん最後にはたらくのは、人間の身体を持って、神人一体の活躍をするものたちなのであり、その活動が愛と勇気と正義の三位一体であることが証明された時に、役割を終える書なのです。
このことが分るようになると、普通の日本人が聖書を読んだ時に感じる血塗られたイメージが、何故、過去において記され、近現代において、この日本の歴史が、なぜ、ここまで血塗られてきたのかの理由も理解できるようになります。
聖書というものと、日本列島上に置かれた、日本国の歴史は、一対のもので、この関係を明らかにしているのが、「最終知識」という書です。
聖書というテキストだけでは、神の意志は決して成就せず、人間世界は、西欧文明という出口のない統治システムの行きつく先としての無神論による支配者と被支配者の固定化という結果の先に、地球そのものの人間排除という結末があるだけだったのです。
科学が神を否定したところからスタートしている現行の物質文明というものは、本来、神を再発見するところから、次のスタート地点に到るはずのものでしたが、それを阻止しているものがいて、それが、いまの地球の本当の支配者ということです。
それは、人間の形はしていても人間ではありません。彼らは神からたましいの種子を与えられたものではないからです。その秘密の開示が、これから進みます。

二千二十一年(神紀元年)二月二十五日 積哲夫 記