キセキ

この二千二十年こそ、ニホンの柱の立つ年。それこそ、フジハハレタリニホンバレの世のはじまりになりそうな事象が、すくなくとも私の周辺では起きています。
今回は、私が記してきたこの光文書と、人間の精神活動が、どのようにリンクしているのかを理解していただくために、あえて、年末に私のもとに届いた、ある会員の方のメールを公開します。

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お伝えしたいことは、光文書の以下の文に関してです。
>たぶん、クリスマスの前後に、この世界の複数の人間が、夢の中か、祈りの中での幻視か、または、啓示というかたちで、イエスの手から、イエスの頭に被されていた茨の冠を自分の頭に授けられるというヴィジョンを見る、または、体験することになるはずです。

こちらのヴィジョンについて、たまたま水曜日の夕刻に同じものを見ておりました。
12/18の午後18時頃のことです。
ちょうど、会社からの帰り道で、出雲に何をしに行くことになるか、何を祈ればいいか、考えながら歩いていました。
すると、ふと、ビジョンを見ました。
イエスが目の前に現れて、光文書にあった通り、自らの茨の冠をとり、私に被せたのです。
翌朝光文書を見て、あぁ、あれはこういうことだったのか、と納得がいきました。
YouTubeの音楽をその時聞いていて、私は音楽から映像を想像することが多いのですが、その中にヴィジョンが紛れ込んできていたのです。このヴィジョンをうっかり記憶の中に流しかけていたのですが、光文書を読んで、確かに記憶にその通りのことがあったと引っかかってきたのでした。
光文書にある通りのことが、積先生に伝えられた通りに、全くそれを知らない私に起こっていたので、大変面白い出来事でした。
言葉にあったかどうかは分かりませんが、ニュアンスとしては以下のようなメッセージであると受けとりました。

私はあなたにこれを託す。
あなたは私を継ぐものです。
おゆきなさい。

あと、この前大阪のヴァグリエに顔を出した際、出雲に行くと言っていたのですが、もう少し詳しい経緯をお伝えしておきます。
11月21日、天皇陛下ご夫妻が伊勢に参られた日の朝だったかと思いますが、通勤中にこんな言葉が浮かんできました。

イセ ヒカリ
イセ マイリ
天が動いた 地も動く

マスダが昨年年末に伊勢に参ったように
あなたも出雲に参りなさい

12月21日に、出雲に参りなさい
2020年の用意をするから

言葉がきただけでなく、とにかく予定として確定しなければいてもたってもいられない、切迫した気持ちになりまして、出雲のホテルと飛行機の予約をしました。
その後、仕事が詰まってきたりして、行くの、やめようかな…と思ったりもしたのですが、そうすると、思考が急に空回りしてうまく巡らなくなるのです。キャンセルへのモチベーションに強烈なストッパー、抵抗がかかってくるので、結局、行こうと思いなおすと、思考のひっかかりが元に戻るというか…。
ある種、強烈な感覚です。
昨日も朝、出勤中、もやもやと、出雲で何をするべきなのか、詳細が見えないので考えていましたが、どうやら、上昇すれば分かる、あるいは現地で分かることのよう。ここに立つようにと、場所というか、出雲大社の見え方が浮かびます。たぶん、三本の柱の跡が出てきたところに立つのだと思いました。

出雲に参れ、光の子

そんな言葉が聞こえた気がします。
あまり、こういうことは、私は自分の感覚を半信半疑に受け取って、とりあえず、意味がわかるか、これは確実に起こったこと、と確信できるまでは胸にしまっていることが多いのです。(それも、何かの抵抗なのか?と考えたり、全てにおいて疑り深く…)
今も、ホントに…?
何か間違ったことを受け取ってるだけではなかろうか。
と、猜疑心を持ちつつも、前から一度出雲には行きたかったので、ちょうど良い機会と思い、とりあえず行くだけ行ってみよう。という気持ちになっています。
今朝20日の6時ちょうどでしたか、寝床の中にいると、また、出雲大社の拝殿のイメージが浮かんできて、私はその前にぽつんと一人立っている。誰かが拝殿の前に立って、私に右手を差し伸べてきました。手をとると、足元の柱の跡が金色に輝いて、天を突く光の柱が三本、立ちました。
みはしら、でしょうか。まさか、そこから柱が立つなんて思わなくて、びっくりしていると、足元が地震みたいに揺れ出しました。
一気に視界が引いて、日本列島が見えます。
伊勢から、出雲に呼応するように、同じような金色の柱が天へ伸びていきました。
日本に一気に何かのエネルギーが広がって、列島が金色に光り出しました。ものすごい地響きが響いて、日本列島がガタガタと揺れていました。北海道か、青森あたりから、龍が吼える声が聞こえました。
気づくと、また拝殿の前に立っていて、能力を授ける。と声がありました。
床の中で、ふと、右手が微妙にぴりぴりとしていることに気づきました。
その時、私の頭にぷかっと浮かんだ言葉は、なぜか、イエスの右手、という言葉でした。
イエスから茨の冠を受け取った人は皆、イエスと同じ奇跡を起こす能力を持つようになるのかなぁ、と寝ぼけ頭で考えていました。
なぜ出雲大社に参拝する前日になってこのヴィジョンが。と思いましたが、これは、先に、意味を教えておく、ということなのかなぁともやもやとしつつ、出雲のホテルで夜を過ごしております。
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イエスの茨の冠というタイトルの光文書が、公開されたのは、十二月十九日でした。この報告をしてきた会員の方に、イエスのヴィジョンが現れて、その茨の冠を授けたのは、その前日の十八日だったのです。私の文書の公開後だったらば、人知の側では、私の言葉の公開によって、何らかの無意識領域での交流が生じて、そうした現象が生じたと説明することが可能になります。ところが、この会員の体験は、それに先立って起きたのです。
これが、精神界が人間界に関与したことの証明です。そして、普通の人間にとっては、これこそが奇跡です。
また、神社仏閣のオフダに、光の宇宙の光を宿すイコンシールですが、シールを剥がすと元の状態に戻るということが判明しています。オフダに関しては、光のイコンシールを背面に貼ったままにしておくことをおすすめします。

二千二十年一月九日 積哲夫 記

 


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