日本政治の邪気

本来、日本で政治というのは、まつりごと、のはずなのです。まつりという言葉が使われるということは、本来は、神聖なものなのです。ところが、明治維新の結果、日本の政治は、欧米列強の植民地主義の出発点となったイデオロギーのようなものに汚染されて、何を目的として、まつりごとをおこなうかが、見えなくなりました。
もともと、大唐帝国よりも優れたクニづくりを目指したはずの天武天皇の意志は、どこかで、誰かにすり替えられたとしかいいようのない歴史的事象があり、いつの間にか、天武の血筋は、皇統から消えました。けれども、このクニの主人に、藤原氏はなれないというところに、もっと上位の意があったのだというのが私の認識です。そして、このクニが危機に瀕するたびに、精神界は生きている人間を介して、情報を伝達し、天の意の存在があることを歴史上に残してきました。その記録のなかに、たとえば、和気清麻呂がいるわけです。
明治維新の前後にも、たとえば、天理教の中山ミキを通して、精神界の存在は伝達されましたし、その後、大本教の出口王仁三郎を通しては、戦争の危機が警告され続けました。これらの声に、弾圧という態度で応じたのが、ときの政府でした。
明治維新のつくった明治憲法を、精神界が評価しないのは、それが、欧米列強をモデルにしているからです。
その背景にあるキリスト教文明における政治というものは、常に邪(よこしま)な気に満ちたものでした。つまり、西欧文明はよこしまな人間の欲望を達成する手段として、さまざまな党派による政治を制度化してきたともいえるのです。これは、このクニにおける、まつりごと、の概念とは本質的に別なものなのです。
一神教文明における政治は、邪悪な人間世界の欲望を調整するものなのであり、理想を実現するためのものではありません。
文明史という観点で、西欧の歴史を見れば、自由、平等、博愛を主張したフランス革命の歴史が、いかに血塗られているか、や、もっと過激に人間を殺し続けたのが、ロシア革命であったという歴史の真実も、人間は邪悪な存在であるという前提を受け入れるだけの知がないと理解することができません。
いまある日本の政治状況は、このような一神教文明における利害の対立を調整するためだけの機関となりはてた政党による、ある種の経済活動だと、私には見えています。そこに希望はありません。
政治とは、理想を達成するものではありませんが、理想とする社会や国家というものを、考え続け、ゆっくりではあってもそこに近づくための合意を形成するための手続きであるべきなのです。
敗戦後のこのクニでは、今回の統一地方選挙に見られるような地方の政治のルールが変わり、地方自治の名のもとに多くの利権が発生しました。
それらの利権が、限界にまで肥大して、たとえば、大阪という戦前は東京よりも生産力を持っていた都市は死に瀕し、多くの市民は、既成政党のあり方に否定的な見方をするまでになっています。やがて、この状況が全国に波及することになるはずです。それは、江戸幕府が問題解決能力を失ったのと同様のまつりごとの危機ということになります。
人間世界は邪気にあふれています。その邪気というエネルギーが、人間社会において、これまで感知されなかった結果が、いまの世界の姿をつくっています。
いま進行中なのは、多くの日本人が、その身体で、邪気というエネルギーを理解しはじめているということです。これは人類史上、最大の変化ともいうべきもので、日本の歴史が、この変化のためには必要だったという知識を伝達する役目を担っているのが、精神学協会なのです。明治維新の前後に多くの神懸りが生じたように、人間に精神界からの伝達は強まっています。その受信のために、邪気のない精神状態に到る方法として、浄化と上昇というノウハウが、万人に公開されていることの意味をもういちど考えてみてください。

二千十九年三月二十八日 積哲夫 記