アークは日本に

どうやら精神界では、この二千十九年四月に、古き神の時代がほんとうに終ったらしく、このタイミングで、どうしても次の言葉を、この光文書に記せという指示、または希望があったので、公開することにします。
それは、「アークは日本にある」という言葉です。
いま、この「アークは日本にある」という言葉を公開する意味は、ユダヤ・イスラエルの神は、このクニの歴史に参加していて、いまの世界を支配している一神教の宗教の時代を終わらせるために、新たにはじまる令和という御代に、日本列島を舞台にした、最後の審判後の世界の雛形の情報を人知の側に伝達することにあるようです。
いまの日本列島は、キリスト教文明の暗黒面ともいえる無神論者のイデオロギーである共産主義に意識をコントロールされた人間が、たとえば、マスメディアという、ある種の権力の座を独占し、それにシンパシーを感じる人間グループの声が多数であるかのように錯覚させる状況が続いていますが、それは、人間という容器を使った、契約を成就させる仕組み、というのが私の認識です。
この戦いには、ほとんどの日本人が無意識にかかわっていて、共産主義者のスパイが多数はいり込んでいたGHQの戦後政策の結果として、いまの日本で、多くの利権を手にした、政、官、財、それに学の親米、親中の人間グループが闇の代表と位置づけられます。
その支配グループが、極右や、ネトウヨとレッテル張りをしている日本的価値観を守ろうとする人間グループの主義主張の政治的競争のように表面的には見えていますが、実は、二千年前にイエスが問いかけた問題、または、モーゼが打ち壊したとされる契約の石版を収めたとされるアークが、なぜ、ユダヤ・イスラエルの民のもとから消えたのか、という問題の答えをすべての人間が発見する戦いなのです。
その回答は、すでに出ていて、旧約の神々も、新約の神も、いまの世界のマネーのルールをつくったのは、人間であり、それらの人間グループから生み出された無神論のイデオロギーである共産主義というものは、神に反対するものたちのもの、彼らが崇めるものこそ、この世を支配することが許された悪魔と呼ばれるものだということです。つまり、このままの経済、政治、学問では、この世は悪魔のクニになるということです。そして、これらのことの準備段階として、私に、戦後、悪魔側に立つことによってそれなりの生前の実りを得た人間が、死後、約束された地獄という新霊界に落とされる仕組みを、一般にもわかるように情報開示させてきたのです。
令和という、すでに「おおみこころ」が完成したと精神界が伝えている日本の次の時代は、その「おおみこころ」を受けた、「おおみたから」たる日本人のすべてが、神の側と悪魔の側に分けられる時代というのが、私の認識です。
この神の側と悪魔の側という言葉を、精神学の立場では、光と闇という言葉で、表現しますが、聖書の時代を終らせるために、精神学が人知の側に降ろされたということを思い起こしてください。
聖書の約束は、すべてはたされるということは、その約束の材料は、すべて日本に用意されているということになります。
いうまでもなく、宇佐八幡に起源を持つ日本の神輿の原型は、アークです。
そのアークが日本に渡ってきて、よく知られている四国の剣山に隠されているという説や、伊勢神宮にあるのではという説など、多くの推理が存在していますが、私は、その現物が出てきても出てこなくてもいいという立場です。
実は最近になって、精神学協会の複数の会員のもとに、ヤハウェと称するもの、モーゼと称するものなどの伝達がくり返されています。さらに、契約の箱(アーク)を守護していたケルビムもまた、その役割の時の終わりを伝えてきているということもあり、いよいよ、その時が近づいていることが感じられるのです。
この日本列島で、たとえば、秋の消費増税が実施され、いまの世界を支配している人間グループの思い通りの時代がはじまったとしたら、ひとりひとりの日本人の暗黒面はさらに増大し、闇のものとして、ブラックホールのような地獄に行くことになるたましいがまた増えることになります。
最後の最後のどんでん返しをするはずの日本の仕組みの一部に、アークがあると考えたら、その時代に生きる私たちが、また人間に生まれる理由がないこともわかるはずです。

二千十九年五月二日 積哲夫 記