イエスとマネー

この二千二十一年の五月に、精神界において、本格的にはじまっていることについての、現時点での私の知り得たことの報告をしておくことにします。
それは、いまの地球は、イエスが十字架にかけられる前のエルサレムと同様の拝金主義社会だということです。
イエスの生涯を知る人ならば、イエスの十字架上の死は、当時の神殿において、神の名のもとに両替商をしていた人間グループ、つまり、社会の支配層を全否定する行動によって、大多数のユダヤ社会の人間がイエスを敵として認識したところにあることに異論はないでしょう。
はっきりいうなら、イエスは当時のマネーの論理によって殺されたのです。そのイエスが、いま復活して、アメリカ合衆国という、ドルという基軸通貨を持つ国において、聖なる戦いをはじめていることは、すでにお知らせしている通りですが、そのイエスの復活が、日本に伝えられてきた、最後の一厘の発動の結果だとすると、この二千年かけた神の神謀のテーマがはっきり見えてきます。
聖書の神は、まず、神の権威を盗んで、それをマネーに変えた人間グループに警告を与えるために、イエスを送り込んだのです。そのイエスは、当時のエルサレムの住民の同意によって、ローマ帝国により十字架にかけられました。
キリスト教というものの本当の教えがあるとするならば、それは金利の否定なのです。
そのキリスト教会が、金利を認めるようになるのと、全世界を神の名のもとに支配することの欲求とは、セットだったといってもいいのでしょう。そして、世界は植民地化され、それに強力に抵抗したかつての日本は、千九百四十五年の敗戦によって、アメリカの支配層の手に委ねられました。
ここに、聖書の神が、この物語の主戦場に、人造国家のアメリカと最も古い歴史を持つ日本を用意した理由があります。
さらに、現在のドル基軸体制を支えている、最大の信用供与を提供する国が日本だという現実もあります。
二十世紀の後半から、今日まで、世界経済は、いまのマネーのシステムの運用者の手で、数字上のマネーと実体経済のマネーの乖離という現実を生み、それを知る人間が増加するのと共に、いまの通貨発行権の人類史的根拠も問われはじめることになりました。
聖書の神が、人間世界に知らせたい最大のことこそが、二千年前のソロモン神殿でイエスが行なった行動を、いまの世で再発見しなさい、ということなのです。
このプロセスを経ないと、この人間世界は、私が無神論の悪魔と呼んでいる邪悪な人間由来の神のごときパワーを持つ意識体の支配下から解放されることはないのです。
簡単なことのようですが、現実の社会で、そうした解放をすることは、すくなくとも、これまでの人間世界では不可能でした。
そうした人間世界の歴史を踏まえて、いま、精神学の知に、マネーの波動というものが加えられたのです。
精神学協会のこれまでの歩みを知っている人間ならば、データが人知に公開される時には、神知が、それを理解し、解決策を試行しているという法則があることも理解できているはずです。
いまのこの世に溢れているマネーは、現時点では闇のマネーですが、いまはすべてが闇のものだとしても、そこに、正しい光が射すと、闇は活性化し、光と闇に分離するという動きが生まれます。
つまり、これから先、マネーの世界でも、闇は光に勝てないということが現実化していくことになります。
いまの世界は、闇の経済にほかなりません。そこでは、たとえば、サイバー空間に流れているデジタル信号にも闇が刻印されていると、考えるべきなのです。その電子回路に、たとえば、イコンシールを作用させると、ある種の人間が感知できる変化が生じるというのが、ヒントなのです。
闇の宇宙に閉ざされた人間意識が、光の宇宙とのコンタクトをはじめることが実体経済となる日が近づいています。

二千二十一年(神紀元年)五月十三日 積哲夫 記