~精神世界と人間世界~

No.37

わたしは、6歳に魅せられた夢の続きを人間世界での帰路に立つ時、決まって見せられました。
精神世界の存在の力に導かれているのは知っていましたが、人間世界の欲に借られて、いつも夢に従いませんでした。
わたしは、わたしの人生を捨てることが出来ず、お金を稼ぐことに吸着して、そこから抜け出すことが出来なかったのです。

2011年だったでしょうか?
精神学協会会長の積哲夫先生(わたしは尊敬する方は先生と呼びます)から言われた
『全て用意されてるから島道鉱泉に帰ったら?』の言葉をキッカケに、わたしの人間世界の出来事が思い通りに行かなくなりました。

精神世界の仕組みを知っているのに、人間世界の欲に目がくらみ、お金ばかりを追い続けてきた愚かなわたしに、積哲夫先生の言葉はじぶんの魂の外側にある『深くて強くて重い闇』を解かしてくれる天の声に聴こえました。
『やっぱり役割を果たすときが来たか、、、年貢の納め時だな、、島道鉱泉に帰らなくちゃ』と思いました。

弱いわたしから、強いじぶんに換わりました。
甘いわたしから、厳しいじぶんに換わりました。
夢見心地で生きていたわたしは、真剣に夢を抱くようになりました。

わたしは、三度の離婚を経験しました。
その時、いつも時期を教えてくれる方とのご縁がありました。
神事や供養事や仏教などを用いて仕事をしている方々でした。

今、その縁は繋がっていません。
その方々と関われば関わるほど、じぶんの中から『腑に落ちない』『胡散臭い』『不信感』『違うんじゃないかな?』という思いがありました。

積哲夫先生は 精神世界の理論を発信してくださっています。
他の『ほんものではない』方々と違うところは、人間世界での仕組みも作っていることです。

わたしの肉体は、いつ他界してもおかしくない程、重症です。
先日も病院検査で左目は視力測定不能、右目は0.01に落ちました。
肺の疾患は酸素供給器械を必要とするほどの機能しかありません。
健常者の5分1しか酸素を吸えない肺です。

でもわたしのような重度の障害者でも人のために役立てる仕事を与えて頂きました。
積哲夫先生のお力で、こんな、わたしにも働く場所を与えていただきました。

わたしは仕事をしたくても雇ってくれる企業がありません。もし雇ってくれる企業があっても迷惑をかけるか?私自身の肉体が持ちません。

島道鉱泉に戻り、わたしは気楽に働いています。
私の代わりに肉体を奉仕してくれる母親や妹がいてくれます。
わたしの体調管理をしてくれる元旦那様達がいてくれます。

また、島道鉱泉に訪れる方々に喜んでいただき、かみさまセミナーで楽しんでいただくたびに、皆様の笑顔を見るたびに、じぶんはまだ生きていていいんだ!とやっと思えるようになりました。

そんなふうに思えるのは、車の免許を取得できなくなった頃から昨年の5月末までの3年間、死ぬことばかりを考えていたからです。
行動範囲が狭まり、じぶんのやらりたいことも制限され、夜も寝ず、食べ物も食べず、ただ、毎日を過ごしているだけの日々が苦痛で、悲しくて、苦しくて、頭の中は悪いことしか考えられませんでした。
体調も崩れてしまい、人と会うのが嫌になり、心を閉ざしたままで生きていました。

昨年3月に身体障害者1級になり、ますます気が滅入りました。
同じ時期、かみさまセミナー主催も依頼され、離婚協議中で、何もかも嫌になっていました。
この世から逃げたい!という思いが強くなり、あの世に行けば楽になるんじゃないか?と浅はかな考えで、死ぬことだけを考えていました。

あの頃は、マイナスパワーを全開にしていました。負のオーラを流していました。闇を惜しみ無く沸かせていました。 そして、じぶんを卑下するしかありませんでした。【まわりに迷惑かけるくらいなら死んだほうがマシだ!わたしなんて何の価値もない!】と何度も自殺を考えました。
自宅で死ぬか?いやいや、島道鉱泉の名を汚すし、両親や姉妹やお姑さんに、迷惑がかかるから、地方で死ぬか?それとも誰にもなにも言わず蒸発するか?病気が悪くなりいっそ、次の日死んでればいいのに!と死ぬことばかり考えていました。
あの頃は躁鬱で元気になったり落ち込んだりの毎日で気が狂いそうになるのを必死で押さえていました。

その時は、誰にも相談しませんでした。
正確に言うと、相談できないくらい追い詰められていました。じぶんでじぶんを追い詰めていたのです。

ただ、じぶんルールだけは忘れませんでした。じぶのなかにある【まわりに悪影響を与えることは絶対、表に出さない!】だけは守るように意識しました。じぶんのことはじぶんで解決するんだ!この状態はいつまでも続かない!と思っていたのです。

いくら死にたいからといってまわりに見せたら止められます。
それが嫌なので、表に出さないように、わたしの中の自殺願望を殺して、演技をしながらまわりの方々と接していました。

そんな、最低で最悪な考えだったので ついに、6月上旬に緊急入院をしてしまいました。
入院期間は5日。脳の中に二酸化炭素が溜まりすぎて、そのままにしておくと寝ている間に、肺呼吸を止めてしまう状態になっていました。

肉体は正直です。じぶんの本心を隠し、押さえていると、やがて死に至るのだと重い知らされました。

入院中は、毎日、夢を観ました。
【どうせ死ぬ気なんだから、一か八か、過去を明かしちゃいな!】とメッセージがありました。
そして、わたしの一番苦手とする【過去を明かす】を書くために、昨年の6月から精神学協会の正会員になりました。
最初は、やっぱり幽体離脱だよなぁ~と、恐る恐る書き始めたことを覚えています。

現在は、書くたびに気持ちが軽くなります。心が弾みます。どんどん愉しくなります。文章は書くというより何かの力で書かされているという感じです。表現するたびに喜びが増してくるのが判ります。嬉しい気持ちが増えてくるのが体感できます。

現在は、ブログを書かせて頂くようになり、もう死ぬことは考えなくなりました。
精神学協会会員ブログは不思議な力があります。
死にたいと強く重く考えていた、わたしを壊してくれました!
死にたい衝動を消し去ってくれました!
維持会員から正会員になったので良かったのだと思います。

ブログを書き始めてから反省しました。

わたしは精神世界の仕組みを知っているくせに、人間世界では、全然、働いていなかったことに気がつきました。

理論理屈が理解できていても、そのことを人間世界で、形にしなければ、何にもなりません。
せっかく積哲夫先生が用意してくださったツールがあるのに、それを活用して働かなければ、精神世界の役割を果たせないのだと再認識しました。

積哲夫先生は、『ほんものではない』存在とは違います。比べる次元ではありません。土俵が違います。すでに唯一の存在なので比べる存在がいません。

積哲夫先生のツールは、わたしの生活を支え、わたしのまわりの方々の生活を支えています。

わたしは、7年前から積哲夫先生が用意してくださったツールを活用し生計を立てています。島道鉱泉の場所は私有地で、他にも田んぼ畑を耕しています。
春には山菜が 夏には野菜 秋には米が収穫されます。

冬は家屋を豪雪から守りながら、毎月、開催しているかみさまセミナーの主催回数を増やす予定です。

わたしは 積哲夫先生の『愛』を感じています。
言葉を交わすことはありませんし、お目にかかってもいませんが、ツールからは積哲夫先生から放たれる【愛のエネルギー】を感じます。

好とか嫌いとか そんな次元の低いものではなく(笑) もっと高貴で尊いエネルギーです。

今日のブログを書いているとき、眼から涙が流れてきました。わたしは毎日、泣いています。
魂が磨かれ、身体が綺麗になっています

わたしは幸せ者です。
たくさんの存在から愛を感じられるようになりました
これからもひとりでも多くの方を支え、助け、励ましたいと思います。

わたしが積哲夫先生から頂いた『唯一無二の愛』を皆様にも教えてあげたいと思います。

今日ある命は当たり前ではありません。
今日ある出来事はじぶんにとって必要なことだと思います。
今日も人間世界の現実を受け止めて精神世界の仕組み従い整理整頓しながら働きたいと思います。

この場をお借りして繋げて頂いた何田匡史さま、お力を与えてくださっている積哲夫先生に感謝致します。ありがとうございます。
http://shimamichikousen.com/