No.22
高校三年生の時に、わたしに都会行きを進めてくれた現代国語の先生は、担任で、バレーボール部の顧問をしていました。
進学か就職か 選択するときに、わたしは、迷わず就職でした。
本来なら、中学を卒業してから就職をしたかったのですが、家族に反対され高校へ進学しました。
なぜ働きたかったというと、祖母の教え、母の教えが身に染みていたからだと思います。
実家は商売をしていましたので、料理補助、配膳、後片付け、家屋敷の掃除は当たり前のように手伝いましたし、農繁期には田んぼの田植え、稲刈りは当然のようにしました。
祖母は、いつも口を酸っぱくして言っていました。
『お前たちは、この家屋敷のお陰で、生活させてもらえている』
『なにもしないでおまんまを食べていたらバチが当たる』
耳にタコができるほど同じ事を聞かされていた私に中に沸き上がってきたのは
『どうせ働くなら、お金に繋がった方が嬉しいなぁ』という思いでした。
実家では、どれだけ働いても、お金をもらうことは出来ませんでした。
私は、お小遣いをもらった記憶もありません。
欲しいものがあるときは、母に交渉してお金をもらいましたが、ことごとく却下されていたのを覚えています(笑)
でも、その教えがあったからこそ、高校へ行くより、一日も早く働いてお金を得たい!という気持ちが働きました。
幼少期、入院していてお金をたくさん使ってもらった親に返したかったのもありました。
『社会学、人間学』を世の中に出て、もっと勉強したかった想いもありましたし、じぶんの可能性を強く信じていましたから、都会に出て、どこまでやれるか試したい気持ちが強かったです。
今、実家に戻り 古き良き湯治場の再建に関わらせて頂き どれだけの支援、応援があり、恵まれた環境にいるか ということを改めて認識しています。
と同時に、見えない世界の力から応援を頂いていることを日々、目の当たりにしています。
精神学協会で学ぶ知識は この世を生きていくために必要不可欠な重要なことです。
わたしは、人を信じてきませんでした。
じぶんの直感力だけを信じてきました。
その結果 精神学協会にスムーズに繋がったと思います。
神を越えよ!仏を越えよ!は、わたしの疑問を解決するためのツールとして役立っています。
https://shindara-channel.com/category/shinmaga-2/
そして、積哲夫会長と、何田匡史さんの会話が じぶんの中の何かを目覚めさせ奮い立たせています。
理にかない、筋道が通り、府に落ちる。
そんな内容になっているのが読むたびに分かるようになり、理解できるようになるります。
わたしは、積哲夫会長に出逢った時から、言われていることが理解できました。
会長の書籍を始め精神学協会サイトで記載されている文面を確認しながら、納得していました。
これからも、精神会からの情報を素直に受け取り、私事で捉えるのではなく、じぶんの気持ちと照らし合わせて、確認しながら、動いていきたいと思います。
今日も与えられた環境に感謝します。