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~奇跡を起こす聖地~

No.36

高校で進学か就職かを決めるとき、わたしは迷わず就職を選びました。

小学生の頃の入院生活で治療費を沢山費やしたと母親から聞いていましたので、お金を返さなくては、、、と心に決めていました。

いろいろ経験を経て 感じることは、お金を返すことではなく、母親に対しての敬意や誠意を形で見せていくことが、一番だと確信しています。

お金は生きていくためには必要ですが、そのお金をどう使うかも重要だと思っています。

就職してからの最初のボーナスは母親に送った記憶があります。 就職先から実家に何度も手紙を書きました。

人間世界での繋がりは、意識をしないと続きません。

縁があってもお互いに気を使いながら、礼儀礼節を重んじて誠意や敬意を計らいながら、思いやりを忘れず、出逢えたことに感謝しながら、大切に大事に関わることが必要だと思います。

わたしの両親は高齢です。でも毎日、働いています。 わたしは二人を尊敬しています。 手前味噌ですが、日本の父親像、母親像、そのものだと思います。

84歳の父親は、毎日、田んぼと畑の世話に出掛けます。 79歳の母親は、毎日の家事とお客さん賄いを請け負います。

決まった時間に起床して、三回の食事をし、10時と15時のお茶の時間を取り、夜は23時までに就寝します。 時々、外出をしたり、毎日、じぶんでスケジュールを調整して実行しています。

実家は湯治場を営んでいます。

古き良き時代の面影を残している家屋での両親の生きざまは、訪れた方々に感動を巻き起こしています。 ひたむきで奢ることのない姿勢と実直で真面目な生き方が好感を喚んでいるのだと思います。

生き方が正しい人は見れば判ります。 姿、形で、判断できます。 挨拶だけで、察することができる方々が増えてきました。

訪れた方々は口々に言われます。『初めて来たのになぜか?懐かしい。心が洗われるようです。』と言われ、ごじぶんの身の上話をされ涙を流される方もいらっしゃいます。

山奥のひなびた一軒家が立つ、その場所は昔からそこに存在します。

そこは不思議な場所です。

初めてお逢いしているのに遠い昔に逢っているかのように愉しくお話します。 毎月のように通ってくださる方々とは家族のように親しくさせてもらい深い話ができるようになります。

わたしは、幼少期から暮らしている実家の場所は聖地だと思っています。なぜなら、20歳までの命と宣告されたわたしが、まだ生きています。 わたしは、この場所があったお陰で生かされています。

わたしの命があることが奇跡です。 わたしの肉体が存在することが奇跡です。

これからも命ある限り、沢山の皆様に自主的に意欲的に声をかけたいと思います。 聖地に繋がった方々を救い、助け、励まし、癒し、元気になってもらうための提案をしていきたいです。

今日ある命に感謝しています。 ありがとうございます。