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日日是好日

不思議と昔っから、なんとなく気になる言葉が、禅語から来たものが多いということに気づいたのはつい最近でした。 とは言っても、学も教養もない者なので、知っている言葉というのはあくまでも有名なものばかりなのでしょうから、気になるといってもその程度なのですが。。。

9月に亡くなられた女優の樹木希林さんの遺作として取り上げられている「日日是好日」という映画があるのですが、私自身はこの映画ではなく原作の小説を読み、作者の至った「日日是好日」に胸を突かれました。

すぐにわかるものと、わからないものがある。 私の仕事はまさしくその「すぐにわからないもの」を扱っているのですが、10年単位で覚える仕事だと感じていました。 しかし、もしかしたらそれこそが、自分自身でかけたフィルターだったのかもしれないと読了後に思い至りました。 自分で思い込み、前提条件を付けて、すぐに白黒はっきりさせたがる。 すぐにできるように「なるわけがない」という白黒。 しかし、好きこそものの上手なれ。お茶の世界でも10年単位でようやく頭角をあらわせる人もいればわずか3年でするすると上達してしまう人もいる。 自分の思い込み、フィルターがあることで、いかに自分の行動が縛られてしまうかということに気が付いたのです。 しかも、すぐにわからないものを扱っているのに、すぐに分かりたくて、急いてしまい見えなくなり、知った気になっているということに気づいていない。

恥ずかしいことです。 そしてそれこそが、実は全体の足を引っ張ることであるということに気づいていませんでした。

知った気になってはいけない。 思い込んではいけない。 自らに枷をつける必要も、枠を作る必要もないのです。

これに気づいたとき、自分の中の世界がふわっと広がったように感じたのは、何かが外れたからでしょう。

大切なヒントはいつもコロンと目の前に現れる。 本当に、そうですね。