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その一 日本人はなぜに優秀なのか…

ユダヤ、ドイツ人と並び日本人の優秀さは世界も認めるところですが、合理的な理論は聞いたことがありません。僭越ながら精神学での学びから得た気付きをもとにした仮説を書き残しておきます。
我々現世人類はホモサピエンスですが、アフリカから全てが始まってるのはご存知のところ。少し前では七万年前に出アフリカをしたと言われていましたが、最近の考古学では、十万年前には出たらしいと言われています。
なぜにアフリカから出るご先祖があったのかはいろんな学説があるのですが、私が支持するのは単純に好奇心であるとするものです。
東北大学の田中英道先生によりますと、人口も少ないこの頃に食料の心配などあり得ない。動物も今よりはるかに存在したであろうとの推論は合理的です。現に、アフリカから出なかったホモサピエンスもちゃんと現代まで存在してるわけですからね。
やはり動機は脳の発達(容量の増加)に伴う好奇心なのだろうと考えます。
アフリカから出るとシナイ半島までルートは一つですが、ここで別れて行くわけですね。この辺りが後のユダヤ教、キリスト教、イスラム教発生の端境地域と言うのも意味深長です。
ここからホモサピエンスはまだ見ぬフロンティアへの旅が始まったのです。
どこに行くわけでもあてもなし、食料は取り放題の食べ放題、西に行こうが東に行こうが北に上がろうがそれぞれお好きなようにされたのでしょう。
ところがこの中にちょっと変わった者が現れた。太陽の不思議さ、ありがたさに気づく者が自然発生的に出て来たのです。まだ宗教的概念のない十万年前に、好奇心をフルに発揮したご先祖たちは太陽の昇る方角を向くと言う、モチベーションを得たのです。
「昇る方角に行けば太陽の出てくる場所があるはずだ。太陽の出るところには何かある。」
    これですよ。これ。しかし断っておきますがこんなことを考える者は極限られた少数です。
今ふうに言うと、大衆に対し自分の頭で考える人達とも言えましょうか。昇って沈むまでの一日の太陽の動きなど当たり前と、気にすることなどないのが普通。
人類史上初の太陽に対する畏敬や畏怖を感じた、ちょっと変わった者達の好奇心の旅の終点が、ユーラシアの東の端、日本であったと言うことです。
それ以降数万年に渡りポツリポツリと日本にたどり着く者達は、太陽の出るところを見たい、知りたいと言う目的のあるものばかりだったことでしょう。
既にいた先達は「また我々と同じ変人が来たわい。」と…
たどり着いた者は、「まさか同類の先達がいるとは…」
数万年かけて類は友を呼んだのが、神が用意されていたこの日本列島なのです。
縄文時代の人骨や遺跡から戦いの痕跡が見つからないのもわかるような気がします。
同好の士ですもの。
和の思想もここに淵源がありそうな気がします。
日本人のY遺伝子ハプロタイプはD1bと言う人類でももっとも古いものなのですが、私の仮説は当時のホモサピエンスの主流遺伝子がこの型だったのでないかと考えています。陸続きだった頃までに各方角からたどり着き、ヴュルム氷河期が終わった後に海で閉ざされて、一度も他民族に侵略されずに保存されたのです。天皇家に繋がっていく現世人類の一番古いタイプの遺伝子はこうして日本に移蓄されたのですね。
出アフリカをしたホモサピエンスの中でも東に向きをとった日本人の祖先は、他の方角へ移動したのものと何がちがうのか。
それは、太陽に興味をもった精神性だと思うのです。畏怖、畏敬
祈りと言う概念の元になる感覚を初めて持った事の違いが、他の方角へと向かったホモサピエンスとの差ではないでしょうか。そう考えると太陽信仰は日本から始まり世界に伝播していったのかもしれません。宗教的概念のない頃に、太陽を目指して集まったものから人類初の太陽信仰が生まれるのは自明の理と思います。
数世代に渡り日の出づる処を求めて旅をするには、体力、知能、精神力、モチベーション、根気の全てを兼ね備えた者、そして苦しい旅の道中に精神性も更に深化させた者だけが日本に来れたのかもと想像します。これが今日のテーマである日本人はなぜに優秀なのかの私の答えです。
自ら考えて自分の意思で長い旅をしてきた、精神性の非常に高い集団がご先祖様だとすれば、日本人が優秀なのも整合性がとれそうです。
選ばれた者達でなく、自ら望んで来た者に神が我が国を用意されていたように思えました。そしてここまで書いた時に、今の精神学協会に参集されてる会員の方々の姿は、日本列島を積先生に置き換えれば、ホモサピエンスの遥かなる日本への旅の相似象のように感じます。