針 1000本

歯が半分抜けている
おじちゃんがいた

仕事帰りに
ねこさんたちにご飯を
あげにいくと
たまに会う
そのおじちゃん

貧乏なおじちゃん
つつましやかに生活保護で暮らし
ねこにご飯をあげている
タバコだけはやめられないと
わかばを吸っていた

ある日 いつも乗ってきている
自転車が 見当たらなかった

パンクして 乗れなくなった
お金がないから 買えないのだと

かわいそーと想った
それから しばらくしても
自転車は やはり 見かけなかった

おじちゃんは決して口に出さないけれど
お金 ほしーほしーほしー
ひしひしと 伝わってきた

三万円おろしてあった財布から
一万円 渡した
おじちゃんは 目をきらきらさせて
喜んで 受け取った

これで 中古の自転車買って
残りは 美味しいものでも 食べてね
そう伝えた
おじちゃんは そうすると言った
わたしは 大満足だった

その場所で 昔から ねこたちに
ご飯を配っている おばちゃんから
後日 聞かされた

あの おじちゃんに
お金 あげたでしょ

うん あげた

あの おじちゃん
次の日 さっそく
パチンコいって
ぜんぶ すったって 仲間に
いってたそうだよ
あの おじちゃん 他のひとからも
お金 もらっては パチンコに
使ってしまうんだよ
ねこの ご飯だって わたしが用意して
渡してあげてるんだよ

びっくりした
せっかく あげた
わたしの お金
くっそーーーーーーーー
くっそーーーーーーーー
くそくそくそ

どうりで あれ以来
姿をみかけなかった

そのうち 怒りは消え
忘れかけていた

忘れかけた頃 再会した
お金は ヘルニアの治療に使わせてもらった
だから 自転車は買えなかったと
流れるように さらさらと 口から出てきた
何度も 口から出している コトバ なんだな

わたしは 目を あわさなかった
あまりにも 哀れで
目をみることが できなかった

ごめんね じつはね と
ひとこと あれば
くいあらため 一ミリでもあれば

わたしは 淡々と 聞いていた
こころは ぴくりとも しなかった
とても 冷静に 眺めていた

あの お金を どう使うか
おじちゃんの
じゆう

でも 嘘は きらい
やさしい嘘っていうのも きらい
ほんとうに
やさしい人は
嘘 つかないよ

そのうち わたしの記憶から
消えていくだろうから
ここに しるしておこうと想った

忘れるのも じゆう だもんね

すべての 嘘
消えて なくなりますように

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