七回目のSBM

このところの肉体労働は、バタンキューの有様で、家に帰っても寝っ放しの日もあった。
旦那が夕飯をなかなか食べてくれなくて、待ってられず寝てしまった。
その晩、お米は旦那がといだ。

珍しく体に湿疹ができて、ダニ?と思ったがそうではないみたいだった。
SBMの授業の最後。
「ペカちゃん」
と、積さんから手招きされて、中央の椅子に座った。maikaeruさんにSBMをやって貰って、私の中から「なかなかコミュニケーションがとれない」と言う思いが湧いた。
首とか肩とかに手で丁寧にバラの香りのオイルマッサージされながら、情報の解析をして貰った。
「身近な人に苦手な人がいる…お義母さんみたい…」
ああやっぱりと思いつつ聞いていた。湿疹は、気疲れから来ているらしかった。
「苦手と思うことは、傲慢ということです」
遠慮勝ちに小声で耳元に言ってくれた。なるほど、言い方にも気を配って頂いてgarakuta さん施術ありがとうございました。SBMって、ここまで情報がわかるとは…知らなかった。
「傲慢は、誰の心にでもあることですから、それに自分を責めてしまいますから、それはそれで悔い改めるとして、お義母さんのために祈ることです。関係が改善されますよ」
そうなんよ。
「パートに行って来ます~」と言うために、義母の部屋をのぞくと、夏バテで倒れるように寝ている。
起きていたとしても、聞こえないけど言っている。
起きてこっちを向いていれば、「頑張って~」と言われる。

「今日は、バイトに出掛けるの?言ってらっしゃい」
たまに、向こうから言うので、ちゃんと「うん、行って来るよ」と大声で返事をした。
もう一度、「バイトに出掛ける?」と言ったから、さっきの返事は聞こえなかったらしい。
今度は、顔を見合わせながらうんうんと大きくうなずいて耳でだめなら目で表して見せた。
「返事ぐらいせぇ」
と言う。こういう時は、自分の耳が遠いからだ聞こえないんだとは考えない。

一日休みで、今日はやるぞと意気込んで、ワープロに向かっていると、
「ゆっくり寝て、休みなさいよ」
通りすがりに声をかけられる。せっかくの休みでやりたいことをやるぞと意気込んでいる時に、そう言われるとカチンと来る。向こうは、自分がしんどいと相手もしんどいと思うのだろう。
「うん」
と大きな声で返事をする。すぐにワープロに戻る。今書こうとしている言葉が頭の中で消えるからだ。
「何や、私と話すのが嫌みたい…」
とすごすごと自分の部屋に入っていった。そうじゃなくって~、説明すると長くなるし、ワープロがわかってもらえないから敢えてしなかった。義母にとっては、何もしないで寛いでいるように見えるのだろう。

「○○さん、来て」
と、何やら上から叱りつけるような言い方をされると、誰だって、不愉快だ。重い腰を上げて向こうの部屋に行くと、そう言う時は、だいたい「助けて欲しい時」なのだ。だいぶ慣れたけど。
扇風機の首を固定したいのだけど、それができない時とかだ。後のボッチを引き抜くと首の回転が止まる。
「あれまあ」
私の株が難なく上がる。
水道の蛇口から、ジャージャーと水が流れる音がしていて、義母が一心に自分の部屋に向かっている。と言うことは~、慌てて栓を止めに行った。
水道の水流しっ放しだったと注意をするために、猪突猛進に歩いている義母の顔の向きを変えさせるのは、実は困難なことなのだ。証拠を見せなければ納得しない。体の重心が変わって転ぶかも知れない。第一、聞こえやしないから、短い単語を繰り返し叫ぶが、それでも通じない。したがって長い会話が成り立たない。筆談でわざわざ言うことでもない。
私がいない時は、水道の出しっ放しは、自分で気づくまで流れるわけだが、水道代は考えないことにしている。
私と旦那で、お互い物忘れが多くなったと認識している。老いに関して、自覚しているけど、旦那がそれを発見したならば、怒り狂いながら言うから、それも可哀想になる。親子だからいいんだと思うから、容赦のない言い方になる。
「お前は、うるさいなぁ」
息子は、うるさがられている。
重そうに電気釜を持って、流しに行く。その次は、重そうにお米の置いてある玄関の方(涼しいから)に行ってお米を入れる。そしてまた流しの方まで歩いて、最後にお米と水の入ったお釜を電気釜の方まで床に何度も置きながら移動させる。私が買った幼児のおもちやの台車は使用しない。プライドなのだ。
力を貸したくてもできない。重そうだから、手伝ってやろうかと言うと、きっぱりと断る。
「遅いじゃん、重くて持てないじゃん」
旦那が言うと説教に近くなるから、うるさがる。一番ジレンマに陥っているのは旦那だ。大声で何回言っても聞こえないから、切れながら叫んでいる。
「そんなに言ったら、虐待みたいだから止めて、文字で書いて見せようよ」
とこっちは、冷静に旦那に言う。
まとわりつき、「重いから運んでやる」と手を貸そうとすると、手伝いを拒む。
私も旦那が言い過ぎると思うから、黙って見ている。
「いいから、自分でやるから」
やっぱり、断られている。
旦那は、情けない顔をして、私のところに来る。
「もう、あんなに動けなくなっちまってよ~」
あれは、家事をしながらの筋トレなんだから、本人の意思なのだ。

ドタン

大きな音がして、見ると転んでいる。しばらく動けないでいる時は、「いいから」と、断られても助け起こす。
旦那と違って、一言ぐらいしか私は言わないから丁度いいらしい。
「ありがとうね」
「うん」

私が、汗びっしょりかいて、パートから帰ると、首にケープを巻いたままで歩いていた。医者が近いうちに来るというので頭を染めるつもりらしい。髪が濡れているということは、染めたようだ。頭のてっぺんに染め残しがあるが、気にするからそれは言わないことにする。
「シャワー浴びるんでしょ?」と聞いてくる。
「うん、私は待っているから、先に頭洗って」
だって、毛染めって塗ってから五分ほどで洗い流さないといけないと聞いているからだ。私は、少し我慢して、別のことをしていた。早く風呂に行ってくれることを願った。
しかし、一向に風呂に行く気配がない。ケープをつけたまま自分の部屋にいるではないか、だったら私は、さっさとシャワーを浴びればよかったと思った。結局シャワーを私は浴びた。
義母を見ると、くたびれたのかケープをしままま横になっていた。義母の意志に反して無理やり抱えて風呂に連れて行くと激しく拒否されるだろうからそれはしない。頭を乗せたところが黒く汚れていた。
「あ~あ、真っ黒に汚れちゃって」
旦那が、言った。
次の日もパートに出る時もケープをしままま寝ている。帰って来てもまだケープをしていた。その夕方やっと頭を洗った。私がパートにいる時間にすればいいのにと思っていたが、私がいる時でないと、不安なのかも知れないからなのかと今思った。
ケアマネージャーさんが「水を飲んでね~」は、守っている。
「市役所の人が言うから、飲まないとね~って寝る前に、水道のところへ言って飲んでいたよ」
旦那が教えてくれた。ペットボトルのお茶でも飲んでくれればいいが、自分で沸かしたのでないと飲まない。
一週間の買い物のメモを手にして、旦那がまた嘆く。
「たった、これだけだぜ~」
見ると、三品目ぐらいしかない。
焼きそばは、もう飽きた。(そらあれは飽きるだろう)唐揚げは串にささっているのだけ、お米屋さんのお米はまずいね~と言うから、それは米のせいではない「お義母さんの口がまずくなっているんだよ」と返事をする。
「あと、ジャムパンと、クリームパンとの六個入りかでしょ?」
うん、旦那が頷く。長年惣菜コーナーのを、チンして温めているから、飽きるのだ。
「肉屋さんのコロッケは、美味しいよ、○△通りの電気屋の近くにあったよ」
「駐車場ないんだよ。コンビニがなくなって、停められなくなった」
「私が走って、買いに行くよ」
でも、いざ買いに走ると、方向音痴だから、反対方向にずい分と歩いてしまった。旦那が先周りして降りて来た。
コロッケを四個と、目新しい惣菜があったので、二種類入れた。
スーパーで、お稲荷さんの三個パックがあったから、カゴに入れた。
「お稲荷なんて食べないよ~」
「いいから、たまには食べるかも知れないじゃない」
食べなければ、こちらにまわって来る。
「バナナも食べるよ」
カゴに入れた。温室みかんも入れて、いつもより種類が多くなった。買う方も、いつも同じなので飽き飽きしているのだ。
冷蔵庫の野菜室は、一番下にあるからそれは、背が低くなった義母さん用にしている。冷凍庫は私達用、自分の買った物は、全部白のビニールの袋に入れて見えないようにしている。冷凍庫の上二段は私達用、下二段は義母用、ドアポケットは両方で使う。だから、夏場の野菜は困る。義母のガラガラのスペースにトマトの小箱で私らの場所を少し確保した。
ある日、義母が言い出した。
「○○さんのおかずはたくさんあるのに、私のは何~にもない」
この前も、三品こちらに寄こしたのに、「食べるもの何にも買ってない」と言う、とうとう嘘癖が出たのかと思った。
何か食べる度、胃が悪くなるともうそれは食べなくなる。その度に、食べれるものが減って、同じものしか食べなくなった。同じものを食べると飽きる。特に、惣菜コーナーものはレシピが決められている。義母は、母子家庭で二人育てたから、働きづめでその分、お惣菜物が多かった。それをレンジでチンでは、年取って来るとその弊害が出てくるのではないかと思う。家庭料理は、その時の味かげんが違うから飽きない。それにいいエネルギーがはいるのだろう。
「骨が折れる」とよく口ぐせで言っていた。言霊のせいか、本当に腰が曲がっている。
野菜室をあけて、「ほら、これもお義母さんのだよ。いっぱいあるじゃない」
耳元で叫んで、惣菜を見せる。
肉屋のコロッケ四個は、却下、私らが食べることになった。肉屋のコロッケはヘッドが入っているから美味しいのに。痩せている義母だからいいかと思ったが、私らが食べるハメになった。やっぱり油でカラッと揚げている。
肉屋で見つけたお惣菜のカボチャのサラダとパプリカの春雨サラダは、目新しいから食べることにしたらしかった。お稲荷さんの三個パックは食べて、パックがゴミ箱にあった。
「お稲荷さんは食べたよ」
「バナナは食べているところを見たよ」
旦那が、言った。要するに、飽きないように適当に見繕ってたまに買えばいいのだ。
瓜の味噌漬けは、「もう飽きた」とこっちに回って来た。
そんなに体が動かないのに、キュウリの漬物は作って二小皿分、盛ってくれている。キュウリは旦那の大好物でよく作ってくれるのだ。私はキュウリは見飽きた。

「○○さ~ん」
少し祈りが通じたのか、頼みごとをする時の声が優しくなった。時計の針が止まって電池を入れ替えて欲しいのだ。難なくやって、礼を言われた。

今朝、ゴミを出すとき、おじいさんとすれ違った。
「お早うございます」
そのおじいさんは、ゴミを出すのに、カートで運んでいたようだ。
そうなんよ。年取ると、買い物しても運べない。商品を探すのもおっくうになる。買い物をカートで運んで、三階のわが家へ荷物をどう運ぼうかと立ち往生している老夫婦に出くわしたこともある。
「運びますよ」
トイレットペーパーとカートを抱えて難なく私らは階段を登れる。
老人は、日常の一つ一つが大変になる。最初は、「子供に迷惑をかけたくない」と子供と別居を望む家庭が増えているけど、いざ、年を取ると「ヘルプ」と言えないのだろう。
お金を出したら解決できる時代ではなくなりつつある。誰か家族がいて、「年を取るということはこういうことなんだ」と見せることも教育だと思うのだけれど。
――全国の100歳以上所在不明は18都道府県で66人となった。(時事通信)
「無関心」
日本中にはびこっている病の名前のような気がする。

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