おい

私がトイレから出て手を洗っていると、義母が「おいっ!」と言う。
何かと思ったら、怒っている。
「さっきから、呼んでるのに、返事ぐらいしろっ!」
義母は、台所で洗い物をしていて、私がジャーと流した水の音が聞こえていない。
「トイレの水の音で聞こえなかったんだよ」
と言ったが、聞こえていないだろう。
義母は、たまに水を出しっ放しにして自分の部屋ですごしている。電気代を惜しんで蛍光灯をつけないから台所が暗く、見えにくいのだ。私は黙って蛇口を閉めているが、旦那は、口うるさく指摘するので嫌がっている。一人でいる時に自分で気がつくだろうから、そういうこともあると自分では納得しているのだろう。果たして言う、言わないのどちらがいいのかわわからない。

そう言えば、清掃業務の仲間からこんな笑い話を聞いた。
シーズンになると猫の手も借りたいぐらい忙しい。
知り合いの老夫婦が、ホテルの部屋を掃除していた話で、旦那さんが掃除機の担当で、広い部屋の三分の二ぐらいを掃除していた。しかし、スイッチが入ってないのを他の人が気がついて笑った。耳が遠いから、掃除機の音がしていないのを気づかなかったらしい。
「それにしても、吸い込みの反応がないのも、わかりそうなものなのにね~」
男の人だから、それも気にしなかったのかも知れないなと思いながら聞いていた。

運動会の反省会があって、ささやかな宴会になった。
それで誰かの妻の介護の話になった。
「お~大変だね~」
自分のお母さんの痴呆の話になった。
「僕は、五歳で死んだことになっているんだよ」とある人が突然切り出した。
「だから、幼馴染みの友人が行くと、息子に線香でも立ててやって下さいと言う。確かに僕は、子供の時に大病をして、医者にこの子の命はないものと、諦めて下さいと宣告された。おふくろの中ではそのことが強く刻印されたんだ。だから弟夫婦がおふくろの面倒をみているんだけど、僕が行くと、知らない人が来たと思っているんだよ」
「へ~」
「だけど、本人は幸せだよ」と言う。
家族は、そういうのを笑って受け入れ、何でもありなのだ。
義母は、お米をといだ重いものを片手で持ち、もう片方で施設の人のお手製の杖のようなものを掴んで運んでいる。
私たちが、手伝おうとすると嫌がる。
私は、子供が砂場で遊ぶ、台車を見つけて買って来た。試すとお釜もちょうどはいる大きさだ。

「ほら、これで運ぶと楽だよ」
しかし、義母は嫌って、絶対使おうとしない。
私が言っても、旦那が言っても聞き入れない。
震える手で、重そうに運んでいる。
今日やっと、気がついた
あれは、義母の筋トレだと。

私は、その強い意志を見習いたいものだと思っている。
「うちなる神を越え・・・」

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