経理との長い歴史

解放された当初(二年前)よりも
「これで経理すべてから解放されたー」と
現在のほうがおおいに感じられる
・ほんとうに夫婦とも達者で居られながら経理の役目を果たせれたー

夫は一人親方業を去ったいまも
元のつながりの関わりから声を掛けられ
現場仕事を請け負っている

父は89歳まで現役で仕事を続けた

わたしは父に何度も尋ねた
・あのさー。廃業するときどうやって書類進めたらいいの?
父は答えてくれなかった

清算確定申告書をたったひとりで「能力」を頼りに作成した二年前
・だから。こういうことなぜ教えてくれなかったのだ
とくやし涙が出た

現在の解放感の中には
自分が小学生だったころから始まった父のなりわいの縛り(関わり)からの解放も入っている だから解放の大きさが際立つ

母は
・N君に関わらないでね
と言った
両親からは
・姉たちには関わるなー
と小さいときから聞かされた

いま気がついた
関わるな。という側に「関わればいい」という理屈
がわたしの心の構図を作った

高校卒業しても「外」へ仕事を見つけれなかった
父の「なりわいに関わる」ことが社会人としての自分だった

そうか

小学生のころからずーーーーっと自分の心に「錯覚」という薬を飲ませていたのだ
穏便にすべてが進んでいきますように。と小さいわたしは祈った
心は緊急異常サインを出していたけどわたしは心の取扱説明書の読み方も「錯覚」していた

いま
わたしの心に風の通り道ができはじめたのだ

自分は自分に関わる存在である

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