私は、自分がしあわせになりたいと思う事は「罪」なのではないかと、ずっと考えていました。
いつからそう思っていたのか分かりません。
最近それに気付いたのです。
誰かに尽くす事、誰かの為に働く事、それがもっとも素晴らしい事であり、表に立つよりも裏や日陰で支えている事が美徳であると意識の奥に刷り込まれていた事に気づきました。
いえ、単純に自分でそう決めつけていただけかもしれません。
私は陰で構わない、この人の為に働けたら、この人が幸せなら……
そんな思いがありました。
でも、本当は誰よりも「しあわせ」というものを渇望していたのです。
幸せを望む事は罪ではない、誰だって思っている事だし、正しく幸せになるのであれば、それはとても良い事なのだと諭されて、はじめて自分が幸せを渇望していたのだと気づきました。
幸せをのぞむためにパートナーとなる人にそれを伝える事、求める事も罪ではないと。
恐怖心が、はじめて和らぎました。
なんだか、ようやく自分を生き始められるような、そんな心地でいます。
しあわせになりたいです。