『光の精神に成る。』20

『光の精神に成る。』20
≪新しい福音=(命の書、最終知識、精神学、+おふだ)のすすめ7≫≪新しい福音の伝える重要性7≫

【精神界と祈り、一神教・多神教と念波と】

1、
最近、「精神界」というものの確信ができてきたみたい。
たぶん自分の小さい時に世の中はこうであろうと思っていた通りの仕組みで正しかったのだ。だから「精神界」は歴然とあり現実界に先に影響するという仕組みを実感している。

2、
昔から神様や仏様の顔色をうかがう、又は徳を積むとどの神様か仏様が良く報いられるという、そのことが納得いかずにいた。
自他ともに罪を犯し、犯されてきた、罪は消されるはずはないと考えていた。徳と帳消しなるはずは決してない。そう感じてきたからです。

3、
ただ日本の人、多くが多神教で「捨てる神あれば拾う神あり。捨てる仏あれば拾う仏あり。」神仏の顔色態度をうかがい、眷属にも顔色を見てご機嫌をとる。
決定と責任をあずけてしまう。責任逃れ、無責任。神、仏、眷属の背後に大いなる神がいて間違った神は正されると思っている。

4、
一方、一神教の世界は、唯一の神と自分しかいない。
自分は唯一の神に見放されること自体が地獄で、天国とは唯一の神に抱き上げられることである。ゆえに仲間や家族が間違っていれば、指摘し正す方向に持っていく。
自分が指摘し、責任を追及し、間違っている者を正しい方向へ持っていく。指摘しなければ、唯一の神に対し失礼にあたる、または自分も罪に問われることになりかねない。

5、
しかし、日本の人の多くは誠実であるのか、おとなしいのか、神や仏や眷属や隣の人や身内の人が、間違っていても指摘しない。
「指摘しないのは美徳で、指摘し責任を追及する者は無礼で悪徳」と考える。正すのはその上の神であり仏であり、人は間違いを見ても見ぬふりをして、人生を過ごせば吉と思っているのだろう。

6、
「その時代はすでに終わった。もう終わった。」
「いま、理(ことわり)の時代、唯一の神の光の時代に変わった。」

7、
その時代に、人の願いだけを聞き届けるのが、多神教の神や仏や眷属ならば、それはいらない。
それでは人は正しく目覚めない。それはいらない。

8、
人は自分たちが正しいと考える正義は天の理(ことわり)対して合っているか、間違っているかである。
考えもせず、指摘せず、行動せず。
自分たちの正しいと思う考えになる様に願う念波もいらない。
自分たちが願う正義でも、理(ことわり)からみてツジツマの合わない正義を願う熱い想いは、正しい世に邪魔になる。

9、
「正しい祈りとは世の真実と真理の正しい知識を持って、よく考える。
そして理(ことわり)に対して、誠実であるということだ。」
実際、その祈りは天に届き、数日後に実現化する。
実現していなければ、考えと人生に修正すべき点があるということだ。

10、
日本の誠実さという美しい心に、理(ことわり)に対して正義を通すとすれば、見て見ぬふりはやめて、
「きちんと指摘する。責任を問う。再発を防ぐための原因の究明とメカニズムを解析して、新しい手を打つ。」ことだと思う。

11、
数日前眠っていたら、「地球がレールの上を走っていて、目の前に黒い大きな暗黒の塊に突入するシーン。」の夢を見ました。
地球はレールの上を進んでいて、でも予定されていた内容だから逃れることできない。
暗黒の大きい塊の中へ地球が突入するとどうなるのか。
「暗黒の塊の中では動きが重くなる。
正しい祈りと美しい言葉と行動だけがスマートに元気でいられる。
それ以外は動きがにぶる。重くなり苦しくなる。
天の理(ことわり)に沿わない事象はだれであれ、重たくなり願いは成就することはない。
それは正しく目覚めさせる、予定され実行される仕組みだから。」

12、
そのあとに、光の世界がくる。
たぶん、皆さまが待ち望んでいた、光の世界とちょっと違う。

13、
「それは初めから用意されていた、聖別された光の世。」
ミエル

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